無限の太陽、永劫の月

   怠惰は罪?



「ふぅーん。ヘルの言う面白い生き物というのは貴様か?」
少年は見下した態度で私に視線をくれる。
面白い生き物って、言い方がなんか人外って感じだわ。
それに、魔力が高いからかしらね。将来絶対にかっこよくなるって、普段は容姿なんて気にも留めない私でもそう思うくらいの整った顔。
たぶんヘルよりもこの少年の魔力量は多いと見た。

なんて、私が感心していれば少年は私の方を見て、言い捨てた。
「ほとんど魔力もない、弱々しいただの人間にしか見えんな」
だって。そりゃあ、大きすぎる魔力を封印するためにラピスを着けまくっているもの。
普通の生活をしている私から魔力を感じることなんてほとんどできないと思うわ。
だけど・・・・・・黙っていれば言いたい放題じゃない? いい度胸してるけど、誰コイツ。
お姉さんは子どもに手を上げるようなことはしないけれど、それでもいい気はしないから睨んだりくらいはしちゃうわよ?  そんな態度取ってると。

それにしても、ここは私の部屋なのに、どうして魔族っていうのは断りもなく勝手に人の部屋に入ってくるのかしらね。
それとも私が魔力がほとんどない人間だから、こんな扱いなのかしら?
乙女の部屋に無断侵入なんて、失礼しちゃうわ。
しかも勝手に椅子に座って寛いでいるし。

「茶は出んのか?」
上から目線、しかも思いっきり見下した口調で少年は言った。
──ぶっとばしていいのかなあ?
なんて、少年の不遜な態度に一瞬だけ、キレそうになったのは内緒よ。
「お茶は、あそこよ。自分で入れなさい。ついでに私のも」
そう言った瞬間、少年は私をにらみつけた。その圧力だけでテーブルがこっちに飛んできたけれど、魔力なら私だって負けてないのよ。
少年が魔力をぶつけたせいで飛んできたテーブルを、私は同じように魔力の壁で受け止めてやった。

客人にお茶を入れさせようとする私に、たしかに彼が怒る気持ちも分かる。
それに、ミストの態度からしても、魔族の世界で人間は本当に奴隷と思われているみたいだし?
だけどここで怯んではダメだと思うのよ、年長者としてはねえ。
決してヘルから自分でお茶を入れることを禁じられているからじゃないわよ。

ただ、世の中には逆らっちゃいけない人間もいるってことを知るのも、いい勉強になると思うの。
何度も言うけど、自分でお茶をいれると大惨事が起こるとかそういう理由じゃないんだからね。
ほ、ほら、あれよ。自分で作ったご飯はどんなものでもおいしいってこと!
少年にそれを体験させてあげたいだけよ。うん、それだけなんだから。

私のただならぬ様子に何かを感じたのか、少年は渋々といったかんじでお茶の用意を始めた。
やればできる、いい子だわ。
「ほら」
そういって渡してくれたお茶は・・・・・・。
「すごくおいしい! なんだ、上手じゃないの」
「当たり前だ」
思いがけずおいしくてそう言ったらすごく当然の顔をされた。かわいくないの。
それにしても、なんで私がこれに砂糖を入れるのがお気に入りって知ってたんだろう?
──単なる偶然なのかしら。
ヘルなんか私がいつもこれに砂糖を入れているのを見て、変な顔をしているっていうのに・・・・・・。

しばらく一緒にお茶を飲んで、少年は帰って行った。
その後入れ違いにヘルがやってきたから、もしかしたらあの子はそれが分かって帰ったのかもね。
ヘルったらお小言大臣だもの。
結局、あの子が何の用事でここに来たのか分からなかったけど。
あ! 名前・・・・・・聞き忘れたわ。
でもまあ、また来るって言ってたし聞くのはその時でいいかな。

なんて、すっかり怠け癖がついちゃって、昼間っからうつらうつらとヘルの話を子守唄に私はあの子のことばかり考えていた。
だってあの目。月のようなあの金色の瞳を、私はどこかで見た気がするんだよね・・・・・・まったく思い出せないけど。



突然だけど、この国にも人間の国と同じように奴隷はいるのよ? でも、人間の国と違って、この国の奴隷はそこまで不当な扱いを受けてはいないみたいね。
なんでも魔族の間では奴隷の数が強さの証であり、それをたくさん持っていることが一種のステイタスみたいになってるからなんだって。

魔界の奴隷はみんな、腕に奴隷環というものを着けられている。
それは奴隷の認識票であると同時に魔力の濃い魔界の大気から人間を守るもので、魔界で生きる人間はすべてこれを着けてないと生きていけないみたいね。
そして奴隷環は主が人間に与えるものであり、その主の魔力によって作られる。

つまり、結構な魔力を消費し続ける奴隷環を維持するには多くの魔力が必要になるから、そんな奴隷を多く持つほど力の強い魔族ってことになりそれが強さの証明になるみたい。
それでもってそんなに力を消費するものだから、奴隷をとっかえひっかえするよりも、殺さずに長く維持させたほうがいいってことになる。
だから魔族は奴隷を粗末には扱わないそうよ。
この制度をどう思っていいのか、元の世界で奴隷制に反対していた私としては複雑な気分だけど、
自由を束縛される変わりにここでの生活を保障されるってことで人間たちは不満を持っていないらしい。

そんなわけで、どんなに小さな子どもでも魔界で生きていく限り人間ならみんな奴隷環を腕にしているはず。
だけど・・・・・・今、私が必死に追いかけている男の子は奴隷環をしている様子がない。
魔力なんかちっとも感じられないから、たぶん人間なんだと思うけれど、彼からは持ち主である魔族の残滓すら感じられない。

「ちょっと、待ちな、さい、よ、ね!」
なんて言っても待ってくれないのは分かるけど、もう、もう限界。
だいたい私に肉体労働は無理って言ってるのよ。
だけどあれは取り戻さないと拙い。

彼が私から盗んだもの、それはダイヤのついた髪飾り。
そう、聖剣ブランシュを覚醒させるための柄に嵌める石。
あれだけは奪われては困る。
だからこんなに必死になって追いかけているんだけど・・・・・・私の体力舐めないでよね。
走るのとか、嫌いなんだから!
「くっ。やっぱり見失っちゃったか・・・・・・」

私にしては珍しくがんばって追いかけたんだけど、仕方ないわね。
どこに行ったんだか、あっという間に見えなくなってしまった。
こうなったら、最終手段を使うしかない。
あのダイヤ、私がずっと着けていたからそれなりの魔力を帯びていて、少し感覚を鋭くすればどこにあるのか分かっちゃう。
だから油断してたって言うのもあるんだけど、魔力を封印しているラピスを1個外さないといけないから、この方法はあまり使いたくはなかった。
でも、背に腹は変えられないか。

そもそもどうしてこんなことになったかと言うと、1時間前──。
「ちょっとあなた、町までこれを買いに行ってきなさい。掃除ができなくても買い物くらいならできるでしょう?」
なんてミストに呼び止められたことに端を発している。
ヘルが私のことをなんて説明したのか分からないけれど、こんな感じに彼の目を盗んでミストは私に用事を言いつける。
本当は彼女の用事なんて拒否しても何の問題もない。
私はヘルの客人であって、彼女の奴隷でも使用人でもないんだから。
だけどずーっとヘルの屋敷に篭っているのって退屈じゃない? たまには外に出たって問題ないはずよ。
だって私、ヘルと同程度の魔力を持ってるもの。
何かがあったとしても、だいたいのことは自力でなんとかできる自信はある。

そんなわけでミストからお金を受け取って町に買い物に来た。
何を買うのかって? そんなの忘れちゃったに決まってるじゃない。
それにもし覚えていたとしても、町に出るのは今日が初めて。しかも案内人なし。
それを売ってるお店の場所さえ知らないわ。
まあ、彼女からお小遣いをもらって町に遊びに来たと思えばいいのよ。
なんて、商店街みたいなところをぶらぶらとまわって見てたんだけど、つい夢中になってしまった。
魔族の生活には魔法がかかせない。だから魔導具だってそれはもう充実してて・・・・・・。

突然、屋根の上から人が降って来たと思ったら目の前をさっと掠めるものがあって。
「ごめんよ」
そういわれて振り向くと、男の子の手に私の髪飾りが握られてたのよ。

──そろそろ、敵はアジトに帰りついたのかしら?
ダイヤから感じる魔力をずっと追ってたんだけど、さっきまで動き回っていたのが今は一ヶ所でずっと止まってる。
何のために盗ったのか分からないけれど、売り捌かれる前に絶対奪い返さないと!

ダイヤの位置をもう一度確かめてから、一応まわりの確認。
あまり大勢に魔力を開放するところを見られたくないしね。
・・・・・・って思ったんだけど、ダイヤを追うのに夢中でなんだか拙いところに迷い込んでたみたい。
見るからにならず者ですって感じの強面が何人か、こっちに舌なめずりしながら近づいてくる。
ニヒニヒと気色悪い笑みを浮かべて獣の耳や尻尾を持つ男たちが寄ってくるここは、どうやら表通りから少しそれた治安の悪い裏路地。

「こりゃあ、上玉が紛れ込んだものだなあ」
だいの男が3人・・・・・・いや、5人。これだけいるんだから逃げられるはずはないと余裕ぶっているのか、近づく足取りはわざとゆっくりだ。
でも彼らが私を捕まえるのを待ってあげる気はない。
すばやくラピスを外すと、開放感なんて感じる余裕なく私は一気にダイヤの元へ空間転移した。




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10/10/06
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