無限の太陽、永劫の月

   怠惰は罪?



飛んだ先で真っ先に目に入ったのは、ダイヤの魔力を吸収しようとするさっきの少年。
石から魔力を吸収だなんて、魔族なのかしら? なんて言っている場合じゃないわね。
「ちょっと、待ちなさい!」
思わず大きな声で私は叫んだ。
だって、あれは表面上は私の魔力で隠されているけれど、内側には聖剣ブランシュを覚醒させるための魔力が封じてある。
だから吸収されたら困る。というかブランシュを覚醒できなくなっちゃうじゃない。
何のためにそんなことをしようとしてるのか知らないけれど、それだけは許すわけにはいかないのよ。
そんな切羽詰った私を例の少年は驚きの表情で見つめた。

「い、いつの間に・・・・・・。ちゃんと撒いたはずだろ?」
「おあい、にく様ね。その石は、返して、もらうわよ」
「ふん、息が切れ切れだぜ? そんな調子でオレからコレが取り戻せると思ってるのかよ」
たしかに、私の息はまだ荒い。だって、あんなに走ったんだもの。
だけど少年だって強がりを言いつつ石を片手で強く握りしめて、じりじりと後ろに下がっているじゃない。
「そっちこそ、腰が引けてるわよ」
「う、うるせー」

私に指摘され、それだけ言うと少年はきびすを返し走り出そうとした。
だけど、ここでまた追いかけっこに逆戻りさせてたまるものですか。

アースシールド!

私は瞬時に大地の力を借りたシールドを作り出す。
本当はこの魔法、敵からの攻撃を防御するためのものだけど、こんな感じで中に相手を閉じ込めることだってできるのよ。
「さあ、返してもらいましょうか」

まったく、世話を妬かせてくれるわね。
この少年のせいでとんだ道草を食わされたわ。
もう今日は町の見物はこれでおしまいにして帰ろうかしら。
早くも取り返した気でいる私はそんなことを考えながら少年に近づいた。

「く、来るな!」
帰ったら汗を流すためにまず、お風呂に入らないとね。なんて考えていた私になぜか少年は怯えだす。
「何よ。石さえ返してくれたら命まで取ろうって思ってないわ」
「う、嘘をつけ。オレを殺す気だろう? お前のその、不気味な薄笑いが証拠だ」
なんですって? 失礼なことを言うわね。いっそのこと、本当にぶっ飛ばしてしまおうかしら・・・・・・。
せっかくこれで鬼ごっこから開放されると思っていい気分だったのに。
「・・・・・・石を取り戻せたら、あんたなんかに用はないわ」

もう早く帰りたい。
なんだかここ、ちょっと埃っぽいのよね。
たぶん聖堂かなにかの廃屋だと思うんだけど、フラスコ画はかすれてるし、窓のガラスはほとんど壊れてる。
それにところどころ壁には穴が開いていて、随分前に打ち捨てられた建物なんだって伺える。
やっとのことで石を取り戻した私はこのとき、少し油断していた。
「何者」
だから低い声と同時に、目の前に剣を突きつけられたことに咄嗟に反応できなかった。
私を後ろから羽交い絞めにして捕らえているのはたぶん、男。
声が低くて、私よりも背が高いということしか分からないけれどそれだけは分かる。
男は私が何も言わないのに苛立ち、舌打ちをした。
けれど言えるわけない。
だって・・・・・・首! 首絞まってるってば!

「ジェラルド、離してやれ」
もがいている私を見て、未だシールドに捕らえられている少年が言った。
「し、しかし・・・・・・」
その様子は主従関係に見えるけれど、このスリの少年と私を羽交い絞めにしているヤツは一体何者なの?
って頭を掠めたけれど、今はそんなことどうでもいい。

とりあえず、首が絞まってるので腕を離してください・・・・・・。
じゃないとそろそろ、苦しくて意識が・・・・・・意識が・・・・・・。



「うっ。いたたた」
ありえない首と背中の痛みに、私は耐え切れず目を覚ました。
「嘘、またこれなの?」
気づいて初っ端から、椅子に座らされ縛られている状態。

──そういえば、さっきいきなり後ろから羽交い絞めにされて気を失ったんだっけ。
いつだったかもこうやって、椅子に座らされた状態で縛られた覚えがあるわね。
あのときは目隠しもされていたんだけど・・・・・・今回はそれはないから部屋の状態はよく見える。
もっとも、見えたからといってここがどこかのかまるで見当はつかない。

「それにしても・・・・・・取り返した髪飾りがちゃんとあるってことは、どういうことなのかしら?」
そう。あの少年は髪飾りに付いていたダイヤを欲しがっていたようなのに、気を失っている私からそれを取らなかったみたいなのよね。
きちんと髪に戻っているのだもの。
とはいっても、いつまでもここにいるわけにもいかないからそろそろ お暇しなくちゃいけないんだけど・・・・・・あの2人に文句くらい言ってやらないと気が治まらないわ。
あんなに乱暴に首を締めるなんて、一歩間違えば死んでいたかも知れないんだから。

そう決めて縄を切り、椅子から立ち上がったところでちょうど鍵を開ける音がして、ドアが開いた。
「起きていたのか」
少年が言い、続いてジェ・・・・・・? なんだったかしら、の驚く顔が見えた。
縄につないでおいたはずなのにどうやって抜け出した? とか、言いたいんだろうけど私にはそんなことをいちいち説明してあげる気はない。
だってそうでしょう? いきなり首を締められて気絶させられたんだから!

睨みつけひとこと言ってやろうと口を開けた私に、だけど先に言葉を発したのは例の少年の方だった。
「お前、何者? 魔王陛下の副官がある人から預かった人物が行方不明になったって、外で大騒ぎになってるんだけど。
15歳くらいの金髪蒼目の美少女。これってお前だろう?」
「は?」
少年がペラリと片手に持っていた手配書を私の前に差し出すと、そこには確かに私によく似た少女の似顔絵が描かれていた。

ということは、ヘルってば魔王の副官だったのね。
それにしても大仰しい。こんなことをやったら逆に私がヘルにとって大事な人物で弱みだって自分から公言しているようなものじゃない。
何を考えているのかしら?
こんなモノを作らなくたって、ヘルなら私の魔力から簡単に居場所くらい掴めるだろうのに。
なんだかすごく、作為的なものを感じて仕方が無いんだけど・・・・・・。
それに、魔王の副官がある人から預かったって、こんな書き方されたらそれが魔王だと言っているように見える。
けれど実際、ある人って・・・・・・ブランシュよねえ?
「たぶんそれ──」
「ここか」

私かも知れないわね。なんて言おうと思った私の言葉を遮るように、少年の後ろからいきなり今度は中年の男が入ってきた。
少年と従者と思われる二人に比べると、格段にいい身なりをしたその男は入ってくるなり私を見て感嘆の声を上げた。
あー、なんか嫌な予感。
変なことに巻き込まれたっていう気配が漂ってきたんだけど・・・・・・。
「ち、父上! なぜここに?」
上機嫌の男と対照的に、急に顔を青くした少年が訊ねたけれどそれに答えず男は続けた。
「魔法も使えないできそこないなど、息子と認めるのも腹立たしいと思っていたが・・・・・・たまには役に立つではないか。
この女を取引に使えば、あの男も大人しくワシに椅子を渡すかもしれぬからな」

いやらしい笑い顔で言った言葉から察してやっぱり私ってば、厄介なことに巻き込まれたっぽい?
コイツが父親ってことは・・・・・・魔力を全然感じなかったこの少年も、おそらくは魔族ね。
「ビットーリオ、その女が逃げぬように見張っておれ。もし逃がしたりしたら・・・・・・どうなるか、わかっておろうな?」
自分の息子だというビットーリオに有無を言わせずそう言う男に私はだんだん腹が立ってきた。
だって、話の内容からしてビットーリオ・・・・・・微妙に長い名前だしリオでいいかな。リオは魔法が使えない。
魔族は魔法至上主義だっていうから、この男にとってそれは受け入れがたいことだったのだろう。
だから半分捨てたように、こんな古びた屋敷に住まわせていたのね。
それでも本当の親子なのに・・・・・・それなのにこんな扱いって酷い。

あー、なんか分かっちゃったわ。
リオは少しでも魔力を吸収すれば魔法が使えるようになるんじゃないかと考えたのね。
そして私から石を盗んだ。そう考えれば、今私がこんなところにいるのは全部コイツのせい!

なんだかまるで・・・・・・昔の、ウェントーラにいるときの私を思い出す。
私はなくてもいい力を、人よりも多く持って生まれてきた。それこそ、魔族によって異界に送られるほどに。
リオは、あるはずの力を持たずに生まれてきた。高位魔族の息子であるにも関わらず。
私は力があることで他人に怖がられて生きてきた。
だけど・・・・・・リオのように憎まれたことも邪険にされたこともない。

今この場で、リオと彼の父親の姿を見せられて実感した。
私は愛されていたのだということを。
ああ、無性にあの2人に会いたい。私を慈しみ育ててくれた両親に。
「・・・・・・帰りたい」
呟くと同時にとめどなく涙があふれてきた。
この男のせいでホームシックになっちゃったじゃないのよ! 許せないわ。私に涙を流させるなんて。

この男、雰囲気が父の一つ年上だった私の伯父にあたる大臣にそっくり。
私がいなくなったことで、父に対する嫌味は減っただろうけれど、アイツが王位を狙っているのは明らかだった。
父と兄ならばあんなヤツに後れを取ることはないだろうけれど・・・・・・。
ああ、兄の大きくて暖かい手のひらでもう一度頭を撫でてもらいたい。
されるたびに顔をしかめて嫌がって見せたけれど、本当はああされると心が落ち着くから好きだった。
だってたぶん、兄の手は私に深い愛情を注いでくれていたのだから。
だからあんなに暖かだったんだ。

だけど目の前の男は何を勘違いしたのか、私の帰りたい発言に対し冷たく言った。
「お前はヘルを貶める絶好の餌だ。二度と帰してやるつもりはない」
ふん、ふざけるんじゃないわよ。
私が帰りたい場所は、この世界にはないのよ。
こんな三流魔族に私を帰す力なんて、あるわけないじゃない!
帰れる方法があるとしたら・・・・・・。

「グラエス。この女をどうする気だ?」
考え事をしようとした私の思考はそこで遮られた。
そして、涙だって引っ込んでしまった。
なぜなら・・・・・・。




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10/12/15
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