無限の太陽、永劫の月

   無知は罪?



「ああ、ジュリアーノ。あなたに少しでも魔力があれば誰も反対などしないのに」
「ロミーナ・・・・・・もう会いに来るな。我らの関係は君も、君の家をも傷つけるだけだ」
「いや、離れたくないの」
偶然に出会ってしまった魔王の妾腹の子ジュリアーノと貴族の女ロミーナを題材にしたこの話は、この国では有名な物語なのだそうよ。
2人の恋を邪魔するのは、ジュリアーノの弟であり魔王の正妻の息子。
「はぁ。切ないですわね」
目に涙をためて劇に見入っているネージュは、時々ひとりごとのように私に話しかける。

この国は魔力こそすべて。
たとえどんなに才能に恵まれ、知力・容姿・カリスマの全てが秀でていたとしても・・・・・・ただその一点だけが足りないことによって 2人はその仲を引き裂かれようとしていた。

「せめて私があんなヤツに見初められさえしなければ・・・・・・」
舞台上でロミーナがその美しい顔をジュリアーノの胸に埋めた。
「あいつは昔から俺の大事なものばかりを欲しがった。きっと今回のことも・・・・・・アイツの俺へのあてつけだろう。
すまないロミーナ」
彼女はその美しさを見初められ、来月には皇太子であるロベルタのもとへと嫁ぐことになっていた。

正妻の息子でありながら、全てにおいて愚鈍な弟ロベルタは魔力だけは強かったため皇太子の地位を得る事ができた。
妾腹の息子でありながら、全てにおいて誰よりも優秀な兄ジュリアーノは魔力が少ないがために低い地位に甘んじていた。
そんな2人は事あるごとに比べられたが、魔力以外で兄に一度として勝てたことがない弟は、ジュリアーノに対して激しい劣等感を抱いていた。
そんな弟が兄の恋人を、その地位を利用して奪い取ろうと考えるのに、そう時間はかからなかった。

私だったら、地位を利用して自分の思い通りに事を運ぼうとする、そんな弟のもとに嫁ぐのは絶対に嫌。
この主人公もそう思っているみたいだけれど・・・・・・どうするのかしら?
このまま悲劇で終わるのか、それとも。

ネージュが私を誘って連れてきたのは、今人気の夜天劇団が興行中のティアナ座というところだった。
その噂に違わず、客席は満員。
予めネージュが予約していたというボックス席は個室型になっていて、私たちの席は他の客とは壁で隔てられていた。
そして部屋にいるのは私たちと、彼女の護衛3人だけ。
その中の一人、護衛長だと紹介された男が、ネージュがオペラグラス片手に下に見える舞台に向かって身を乗り出すたびに彼女に注意する。
ネージュはそれにかまわず、身を乗り出し、そして私に劇のあらすじを潤んだ瞳で話しかける。

「──そしてこのあと、2人は引き離されるんだけど・・・・・・ああ、これから先は言えないわ。だって物語りの鍵だもの!」
興奮して少し大きめの声になったとしても、この席なら他の者から苦情を言われる心配はないわね。
なんて思っていると、急に彼女が困惑した顔でオペラグラスを下に向けた。
「何かしら? いつもより騒がしくなくて?」

「お下がりください。舞台の方でなにやら騒ぎがあったようです」
身を乗り出していたネージュを、護衛長が呼びとめ後ろに下がらせた。
小火でもあったのかしら?
そう思い、煙が立ち込め始めた舞台を見ながら、目を凝らしたとき個室の扉を開けてまた一人護衛が入ってきた。
彼は剣よりも魔法が得意なのか、少し大きめの杖を手に持ちドアを大きく開けてネージュを外へと促した。
「ここにいては危険です。逃げ道を確保しておきましたので裏口におまわりください」

大げさにそう言うその男の態度に何が起きたのか気になった私は、部屋の外へと連れて行かれようとしているネージュがさっきまでやっていたように、 階下にある舞台を覗いてみようとしたんだけど・・・・・・。
「ルネさんも一緒に来てくださいましね」
状況を把握する前に、ネージュが私も一緒に逃げるようにと手を伸ばしたため、それは叶わなかった。
階下の一般客用の出入り口はすでにパニックになっているようで、悲鳴とも怒声ともつかない声が響いている。
それを尻目に私たちは急いで裏口から外に出た。

そこで杖を持つ護衛の男は思い出したようにネージュの指を手に取り、何かをはめた。
「お嬢様、これを。だんな様から預かった守護の指輪です」
彼女はそれに目をやると無言でうなずいた。
その指輪には青い石がついていて、淡く光るその光からは確かに守護の力が感じられた。

だけど、そんなものなくたってネージュくらい魔力があればたいていのトラブルはなんとかできるんじゃないかしら?
それに・・・・・・私だっているのだから。
言っちゃ悪いけれど、ここにいる彼女の護衛たちよりも私の方がよっぽど魔力は高いのよ?
だけど、そうね。
彼らは守るのが仕事、私たちは守られるのが仕事。
そう私に忠告したネージュの言葉を守って、ここは大人しく守られているのが正解、よね? やっぱり。

大人しく彼らに従い裏口から外に出た私たちは、杖の男が案内するままに劇場の裏手を急ぎ足で進んだ。
だけど変よ。ただの劇場の小火騒ぎ程度で、彼らはなぜここまで警戒するのかしら?
もしかしてネージュは、命を狙われる心当たりでもあるの?
そんな事を考えながらも、私は彼女たちと一緒にどんどん人気のない林の中へと入っていった。
人気のない・・・・・・?

「ちょっと待って。なんだか、町からどんどん離れていってる気がするんだけど」
いくら命を狙われていたとしても、こんな誰もいないところに逃げてくるなんて、おかしいわ。
不安になり、ネージュに引かれていた腕を逆に引っ張った私は、彼女を傍に引き寄せた。
守られる立場でいるのは以外と難しくて、本来ならすぐに気がつくこんな簡単な事に私はやっと今になって気づいた。
でも、もう遅かったみたい。
なぜなら、私たちをここまで連れてきた杖の男が、ネージュに向かって口の中で呪文のようなものを呟いた途端、彼女は体から力が抜けたように、 その場にへたり込んだからだ。

「ネージュ?」
「力が・・・・・・なんだか急に魔力を失ったみたいな感じがして、体に力が入らないのですわ」
苦しそうな息を吐き出しながら、ネージュはそう言った。
「どうして・・・・・・」
いきなり倒れこんだ彼女に咄嗟に手を伸ばした私も、彼女と一緒に座りこむような形になって動けない。
もうちょっと私に力があれば、彼女を支えられるのかもしれないけれど・・・・・・無理。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
護衛長が心配そうな声で尋ね駆け寄って来たけれど、ネージュは苦しそうに目を閉じたまま目蓋を震わせる。

どうしたらいいの?
早く彼女を連れてここから去らなければいけない。
そうは思うのだけれど、彼女を支えていては立ち上がることさえできない私はすばやく辺りに目をやった。
ここには私たち以外、人の気配はしないみたいなのに心が警鐘を打ち鳴らす。
私の気のせい?
いきなりわけも分からずにこんなところまで逃げないといけない羽目になったから、不安になっているのかも──。

「う、うわぁ。何をする、お前ら!」

気を落ち着かせようと目を閉じた時だった。
護衛長の焦った声が聞こえてきたのは。
「どうしたの?」
ネージュを両手に抱え込むようにして、私は護衛長に声をかけた。


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11/01/16
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