無限の太陽、永劫の月

   恋は激しく 芝居のように?



もう恋の話はいいよ。おなかいっぱいだから・・・・・・。
それがなければ、芝居を見るくらい付き合ってあげないこともないのよ?
この前見損ねた結末だって、気になるし。

だけど、彼女が観劇の傍ら嬉しそうに報告してくる内容については、数えるのも億劫なくらい聞いているから・・・・・・。
誰かを好きになるなんて、私にはまだ経験したことないモノだからよく分からないけれど、 ネージュのおかげでリオのステキなところならば私にだって答えられるわ。
ただし、大幅に彼女の盲目的価値観によるものだけど。

私の近くには、いつもブランシュ以外の男性は長くいたためしがない。
いたとしても力を欲する者、地位、名誉、金を欲する者・・・・・・そんな人間ばっかりだった。
そんなわけで私は恋愛に関して、たぶん冷めた感じなんだと思う。
だから長々と他人の恋の話を聞くような、そんな経験はゼロに近いんだよね。

なのにネージュったら自分の恋愛に、なぜか私を巻き込む気満々みたいで、彼の生い立ちから馴れ初め、 果てはステキなところまでも何度も何度も熱く語ってくれる。
今だって、ここが人気の芝居小屋『夜天劇団』だって忘れたんじゃないでしょうに、自分の世界に入り込みしゃべり続けている。
この前と同じ個室でなかったら今ごろ絶対、他のお客さんから苦情が来てるはずよ。──うるさいって。

舞台は、ちょうどこの前小火騒ぎで中断されたあたりにさしかかっていた。
「ああ、ジュリアーノ。あなたに少しでも魔力があれば誰も反対などしないのに」
「ロミーナ・・・・・・もう会いに来るな。我らの関係は君も、君の家をも傷つけるだけだ」
「いや、離れたくないの」
この前と同じセリフを、主人公たちがしゃべり始める。
それと同時にネージュもまた、ため息混じりに目を潤ませる。

「はぁぁ、ジュリアーノに魔力があればいいんですのに。ないばっかりに2人は引き離されるんですわ。
まるでリオ様とわたくしのよう・・・・・・。切ないですわ」
そう・・・・・・ネージュが好きになった相手とは、グラエス公の息子であり、 私から髪飾りを奪うくらい魔力を欲している、そして先日私たちを助けたビットーリオなのだった・・・・・・。
いつの間にそうなったのかネージュとリオは、彼女の話によると、お互いが二度と離れられないほどの恋人同士になったみたい?
なんで疑問形かって、それはネージュの聞かせてくれた話があまりにも芝居じみていて、現実味がないからよ。
そう、まるで今舞台で演ぜられている恋愛物語のように。

どこか作りモノめいたセリフをしゃべりながら、ネージュは私の顔をチラチラと見る。
きっと何か言いたい事があるんだろうと思うけれど、私はそれに気づかない振りをした。
なんでって? その理由だって、もう何度も聞いたわ。

ネージュは魔界の4大貴族キンブリーズ家の娘。対するリオはヘルに次いで高い地位に就くフラスコ公爵の子息。
身分的には十分釣り合いが取れているはずなのに、ネージュの父親は2人の関係を認められないという。
その理由は、リオに魔力がないから・・・・・・。
魔力がなく父親から捨てられたも同然の扱いを受け、陰で廃棄公などと呼ばれている男の元へだれが娘をやりたいと思うだろうってことみたいよ。

「リオ様が父君に認められフラスコ公爵家をお継ぎになることができるならば、わたくしは誰の反対もなく彼のもとへ嫁ぐ事ができるのに。
わかっていますわ。それを願う事がわたくしのわがままだということは。
でも、リオ様にはなんとかして父君に認められる方になっていただきたいんですの。
それにこれはわたくしの一方的な願いではなく、リオ様も望んでいることですわ。
そのためには、わたくしはどんな援助も惜しみませんわ」
両手の指を組み、夢見るような瞳で訴えるのはまさに恋する娘なんでしょうけれど・・・・・・芝居の見すぎなんじゃないかしら?
節々に劇中に出てくる言い回しを感じて、ただ、恋に恋しているだけなんじゃないかと少し私は心配よ。

「これですわ!」
私が物思いに耽っている間、舞台はかなり進んだようで見たことのない場面になっていた。
そうして、いきなり立ち上がったネージュに私は驚いて、その拍子に椅子から落ちそうになった。
「なに? どうしたの?」
「んもう。見ていらっしゃらなかったんですの?」
すごくいいことを思いつきましたのに! ネージュはそう言って、座りなおす私にがっかりした瞳を向けた。
だけどネージュだってさっきまで自分の恋の話に夢中だったじゃないのよぅ・・・・・・。
「・・・・・・ごめんなさい?」
私はちょっと不本意な気もしたけれど、彼女の鋭い睨みに不承不承謝った。

「仕方ないですわ。ほら、あの石です」
──あの石?
ネージュが目を輝かせて指差す舞台上では、主人公ジュリアーノがしっかりと大粒のダイヤモンドを頭上高く掲げていた。

「やっと見つけた! この石、エトワールさえあれば、魔力のない俺でも魔族のような魔法力を持つことができる」
「ああ、やっと手に入れたのね! あとはそれを魔女に頼んでジュリアーノの体内へ」
「さあ、行こう。魔来花の咲く魔女の城へ」
それは、どうやら話の鍵となる石を手に入れたらしいジュリアーノとロミーナが、嬉しそうに抱き合い石を見上げているといった場面だった。

「分かりまして? あのエトワールという石を手に入れられれば魔力のないものでも魔族のような力を手に入れられるんですの。
あれがあればきっとリオ様も彼のお父様に認められて、フラスコ公爵家を継ぐことがおできになられるはずです」
「・・・・・・そうだね。あれが現実にある物なら、だけど。ネージュ、あれはただの芝居よ? 分かってる?」
恋は人を愚かにするっていうけれど、今の彼女がまさしくそうなんじゃないだろうか。
そんな今の彼女には、私の言葉なんて聞こえないでしょうけれど、芝居は芝居であって現実ではないのに。

けれどネージュは自身満々で、むしろ当然だと言わんばかりに宣言した。
「ルネさんこそ、分かっていらっしゃらないのね。この芝居の脚本はドロシーが手がけたものよ。
ドロシーは脚本家よりもむしろ、歴史家として有名。その彼女が書いたものが歴史に埋もれた真実でないはずないわ!」
そして、絶対の自信をもって言い切ると、思いついた事があるから・・・・・・そう言って珍しく最後まで芝居を見ることをせず劇場から出て行ってしまった。

「本当にあんな石、あるのかしら?」
私は一人になってしまった部屋で、芝居に目を向けながら呟いた。
ネージュがリオと恋人同士になったのは、つい最近。
あの時のネージュはよほど嬉しかったのか「急いで報告しに来ましたの」 と息を切らしながら私の滞在するヘルの屋敷までやってきた。

「助けられた折、緊張して何も言えなかったけれど、実はわたくし、以前からあのお方のことをお慕い申し上げておりましたの」
ネージュが頬を染めて言った内容によると、ネージュは以前からリオの事が好きだったらしいわ。
そんなときに襲われたところを彼に助けてもらったものだから、これはもう告白するしかないと思ったみたい。
そして現在、2人は晴れて恋人同士に。
頬を染めながら、嬉しそうにネージュは話してくれた。

そのときも既に芝居に毒された後だったらしく、言ってる言葉が口上っぽかったけれど・・・・・・彼女がなぜあそこまでリオの魔力にこだわるのかだけでなく リオ自身がなぜあれほどまでに魔力を欲しているのかという理由も教えてくれた。

あの日私たちを助けに入ったリオが持っていた剣は、うっすらと青白い光を放っていた。
「あれは白の魔剣。そしてリオ様は陛下もお認めになった白の魔剣士であり、あの魔剣に選ばれた唯一の使い手なのです。
ですが、あの剣はフラスコ公爵家の持ち物。リオ様が公爵家をお継ぎになれなければ、剣は次期当主の物になり、手放さざるを得なくなるのです」
つまりあの剣のために、私の髪飾りは奪われて危なく食べられてしまうところだったわけなのよ。

「それにしてもあの剣・・・・・・そこまですごそうなモノに見えなかったけどなぁ」
魔道具大好きな私から見ると、あの剣は以前私が作った暁の剣と同じくらいの力しかない。
「何を言っているのですか。あれほどの魔剣は魔界広しといえど、めったに見れるものじゃありません! ルネさんは剣に関しては、やはり素人なんですわ」
小さな声で呟いたはずだったのに、聞こえたらしいネージュは、頬を膨らませて私に抗議した。

「それにあれはただの魔剣ではなく、リオ様にとっては母君の形見のようなモノなのです」
「形見?」
「リオ様の母君の家は没落してしまった貴族でして、彼女が剣とともに嫁ぐことを条件にフラスコ家からの援助を受けていたのです」
「つまり、持参金代わりに魔剣をもってグラエスに嫁ぐ。その見返りに彼女の家はグラエスから資金の援助を受けていた、と?」
「そういうことのようです」

それからネージュは、リオ様の素晴らしいところ・・・・・・を散々私に話して聞かせ、日が傾きだした頃になってようやく帰って行った。
彼女が私のところに毎日のように来るようになったのはその頃からかしら?
話題? そんなもの決まっているわ。
毎日同じ──リオ様の素晴らしいところ、よ。

今日だって芝居を見に行きましょうって誘われたはずなのに、そっちは半分も集中することなんてできなかった。
なんせ、四六時中リオ様リオ様って。
だからもう・・・・・・恋の話はおなかいっぱいなのよ。


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11/03/08
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