無限の太陽、永劫の月

   恋は激しく 芝居のように?



魔王城へやってきたヘルは、何食わぬ顔でいつもと同じように仕事を始めた。
その様子を少し顔をあげて見つめていたルパートだったが、彼が何も言おうとしないのを見て取るとため息をついた。
聞きたいのは彼女の様子。
毎朝問わずとも主が気にしているのだから報告をするのが臣下の勤めであるだろうに、この男は毎回ルパートが問わずば彼女のことを口にさえしないのだ。
一度口を開き、躊躇った後思いなおしたように机の上に置かれた書類に目を向ける。
自分から問いかけるのは、なんとなく負けた気がして腹立たしいのだ。
こんな事がもう3日も続いている。
しかしどうしても気になった。
そして、ルパートは根負けしたように再度口を開いた。
「あれはどうしている?」

「彼女ですか?」
書類の束に一倍づつ目を通しながら、軽い口調でヘルは答えた。
「キンブリーズ家のご令嬢と仲良くなったようで、3日前には一緒に夜天で行われている芝居を見に行ってきたようですよ。それ以降は特に外出はありませんね」
「夜天?」
思わず眉をひそめたのに気づいたのか、ヘルはふっと微笑むと続けた。
「大丈夫ですよ。先日の小火は幸い大事には至りませんでしたし、そのお友だちの進言のおかげで彼女も大人しく親衛隊の騎士たちに守られていますから」
「そうか・・・・・・」
親衛隊が一緒であるならば、腕の立つ者ばかりだから心配いらない。
しかし、何かあった時に真っ先に首を突っ込んでしまう、困っている人を放っておけない性格の人だから・・・・・・。
(このまま何事もなければいいのだが)

「彼女は一つのところに留まっていられるような人間ではありませんよ」
(──知っている)
だからこそ、一人にしても心配しなくて住むように目立つ護衛をつけたのだ。

「何が夜天劇団だ! 何がジュリアーノとロミーナだ。これだから女子どもはバカだと言うのだ!」
話の切り上げ時を計りながら書類に目を落とした時、廊下から大声を張り上げながらノシノシと言ったほうがよさそうな足音が聞こえてきた。
王の執務室のドアを乱暴に開け放ったその大声と足音の主に、ルパートは思わず目を見張った。
「夜天・・・・・・がどうした」
そして先ほどちょうど話に登った名前に、敏感に反応した。

ジュリアーノとロミーナは、今巷で話題になっている恋愛物語だったはずだ。
軍人肌で現実主義のグラエスからそんな言葉がでてくるとは。
ルパートはそこに引っかかりを覚えた。
しかしグラエスは一度舌打ちをしただけで黙り込んでしまった。

「──そういえば近頃、ビットーリオ殿は恋人のネージュ嬢と何やらお調べになっているようですねえ」
寡黙になってしまったグラエスの代わりにヘルが口を開く。
「ほぉ」
「なんでも、魔力のない者でも魔法を使う事ができるようになる石があるとか。それを探して各地を回っているのだそうですよ」
「そんなもの、あるはずないのだ! それをリオのヤツ、あんな芝居などに騙されおって」
ヘルの言葉に、怒りを通り越してしまったのか苛立ち紛れにグラエスは再度舌打ちした。

「どういうことだ?」
グラエスの一人息子であるビットーリオは本家の嫡男でありながら魔法が一切使えない。
本人も周りの者も魔力がないと思っているようだが、原因は別にあった。
ただ、それを指摘したところでリオの立場が変わるわけではないので黙っていたが・・・・・・。
「件の劇中に、魔力を自在に扱えるようになる石が出てくるのです。それを真に受けおってあのバカモノが!  脚本家のもとまで強引に押しかけ、事の真偽を問いただしおったのです」
言いながらもふつふつと怒りがこみ上げてきたのだろう。
グラエスの声はだんだんと怒気を孕んだ大きなものへとなっていった。

「しかし、ルルトーラ・オーブの件もありますしねえ・・・・・・。 各地に散らばる伝説もあながち間違いとは言いきれないかも知れませんよ?」
黙々と書類の整理をしながらグラエスの怒りに水を差したのはヘルだ。
途端、グラエスは押し黙った。
先日の件で何かを調べていたヘルはグラエスの弱みでも握ったのだろう。
ぐぅとうめく様な声を出した彼に対し、余裕の笑みを浮かべてみせた。

「まあ、真偽のほどは別にしても、行かせてみればよろしいんじゃないですか?  メルヴィッツ王家ではありませんが・・・・・・いろいろと経験させることで彼も何かを得るかも知れませんし」
グラエスが魔力を持たずに生まれてきたリオに対し冷たいという話は有名だ。
口さがない者は公爵家から離れて育ったリオを廃棄公と呼んで憚らない。
しかしルパートはグラエスが我が子を愛しているのを知っていた。
彼がリオを苛酷な環境に置くのは、有名貴族のもとに生まれながら魔法を一切使えない息子を心配してのことだろう。

過去にも何度か貴族のもとに魔力のない者が生まれたことはあった。
しかしその全てが、家を継いだ途端殺されるか追い出されるかのどちらかであった。
仕える者からして見れば、魔力もないくせに当主として命令する者に不満を持つのは当然で、仕方のないことであるが、我が子を愛するグラエスとしては何かを変えたかったのかもしれない。
現にグラエスが冷遇する傍らで、リオには彼を味方するものが確実に何人かはいるのだから。

「いいだろう。面白い。お前の後継者は確か、リオの他にもう一人いたな?」
「はい。我が弟の息子で、名をヴィスヴィルといいますが、何か?」
「その者と2人、先に石を手に入れた方をフレスコ家の後継者として認めよう」
「な、なにを!」
ルパートがニヤリと笑みを作り宣言した途端、グラエスは慌てた。

自分が生きている間に揺るぎない地盤を築き上げて、リオに全てを譲るつもりだった。
冷遇は、誰にも足元を掬われない隙のない男になって欲しかったからだ。
しかしそんな命令を今出されれば、明らかにリオが不利になることは分かりきっていた。
何故ならあちらは弟の全面的な援助のもと、石の捜索に乗り出すことができるからだ。
しかし・・・・・・グラエスは表立ってリオを助ける事ができない。
こういう争いごとにおいて当主は私情を捨て公平を喫さねばならないのだから。

「大丈夫ですよ。近頃リオ殿にはキンブリーズ家の令嬢と言う立派な味方がいるではないですか」
なおも言い募ろうとしたグラエスだったが、この前の騒動の当て付けのようにそう言われると黙らざるを得ない。
悔しそうに歯を噛み締めながらチラリとヘルに視線を向ければ、彼はしてやったりという顔でグラエスをみていた。
しかし、ここで慌てたのは意外にも言い出した本人であるはずのルパートだった。

「キンブリーズ家の令嬢だと?」
「ええ、さっき言いましたが。リオ殿の恋人はキンブリーズ家の令嬢ネージュ殿だと」
確かに聞いた。彼の恋人の名前を。
しかし先ほどは家名を言わずにただネージュとのみ言ったではないか。
女性の名など興味ないため敢えて問いたださなかったが・・・・・・キンブリーズ家の令嬢となると話は違う。
なぜなら・・・・・・。

キンブリーズ家のご令嬢と仲良くなった──。
ルパートは嫌な予感とともに、先ほどヘルに聞いた彼女に対する報告の言葉を思い出していた。


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11/03/09
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