無限の太陽、永劫の月

   真実は白き誓いの影



ネージュが奪って行った髪飾り自体はなくなっても問題はない。
だけど髪飾りについていたダイヤは、なくなっては困る大事なものだ。
なぜならあれは、聖剣ブランシュの力の源。聖なる力を起動させる聖剣の核なのだから。
それを奪われたことに気づいた私は、大声でブランシュの名を叫びながら食堂に向かった。
ブランシュもリオも、たぶんそこにいるって思ったから。

「──つまり、ネージュがルネを殺そうとしたのは、あの石を手に入るためだったのか」
椅子に座った2人の前で、私はゆっくり頷く。
あの時、無意識なんだろうけどネージュは「これが必要なの」 とか「ごめんね」 「ドロシーが・・・・・・」 とか言っていた。
だからネージュがあれを奪った理由がエトワールのためだってことは容易に想像がつく。
おそらくドロシーに言われたのだ。エトワールを得るにはルネの頭の髪飾りが必要だ・・・・・・とか、なんとか。
ドロシーって女がなんでそんなことを言ったのかは分からないけれど、あのダイヤだけは早く取り戻さなくちゃならない。

だからその前に言っておかなくちゃならないことがある。
「リオには悪いけれど・・・・・・」
思い切って私は口を開いた。
リオとネージュは恋人同士だ。だからネージュが髪飾りを奪ったことも、気持ちは分かる。
けれど許せるかといったら、それは否だ。
「髪飾りを・・・・・・ううん、あれについていたダイヤを返してもらえなければ、たとえネージュであっても私は容赦はできないわ」

だけどリオはそんな私に反対することなく、驚くような真実を打ち明けた。
「姫さんは誤解してるけど俺と彼女はそんな仲じゃない。あれは彼女が勝手にそう思い込んでただけだ」
「そ、そうなの?」
私の目からはどう見ても仲睦ましい恋人同士に見えたんだけど、男女の仲はよく分からないわ・・・・・・。
一瞬気が遠くに行ってしまいそうになりながらも、私はなんとか彼に笑顔を返した。

「って、姫さん?」
「あ、あぁごめん! ししょ・・・・・・ブランシュがいつもそう言ってるからウツッタ」
リオが私を姫さんだなんて呼ぶのはすごく違和感があった。だからそれを問いただしたら彼は急に慌てだした。
しかも、ブランシュのことを師匠と言いかけて今度はそれを言いなおした!
なんだかね・・・・・・。
2人がいつの間にそんな仲になったのか分からないけれど、私の知らないところでなにかあったのかしらねぇ?
ついつい細い目でじとっとリオを見てしまったのだけれど、それに対してリオは・・・・・・思いっきり目をそらした。
まぁ、いいけどね。今はそんなこと考えてる場合でもないし。

「ダイヤがどこにあるかは分かってるから、そこまで一気に空間転移で行きましょ」
なんとなく緊張していた場が間延びした感はあるけれど、気を取り直して、同意を求めるように2人に手を差し出した。
「ダメだ。ただダイヤが欲しいだけなら、ドロシーは魔界にいる時点でネージュにあれを奪ってこさせることもできたはずだ。 それなのにわざわざ人間界でダイヤを狙った理由が分からないのに、姫が行くのは危険だ」
「だけどっ」
「それに・・・・・・このバルザールにエトワールがあると言ったのもドロシーだろう?  俺たちは、ここにまんまとおびき寄せられたとしか思えん。向こうの狙いが分からないのに、のこのこ姫を連れて行けるわけないだろう?」
「なんで、なんでダメなの? そんなに危険ならなおのこと私を連れて行くべきだわ」

思ってもみなかったブランシュの反対にあい、差し出した手をそのまま私は言い返した。
いつになく慎重なブランシュにイライラするわ。
だって私なら魔法を使えるのよ?
むしろ、連れて行かない理由が知りたい。
それなのに説明なんか一切なしで、頭ごなしに私の同行を否定したまま言った。
「大丈夫だ、俺が1人で行く」
ブランシュはどうあっても一人で行くつもりらしく、ダイヤのもとまで飛ばすように私に目配せする。
こうなったら、いくら一緒に行くって言っても許してもらえないのは分かってる。
はあ、ブランシュを説得するのは無理そうね。
ため息をつく私に、ブランシュは心配するなとでも言いたいのかしら? いつでも飛ばしていいぞと力強く頷く。

次にリオに目をやった。彼も同じように頷く。
そうだよねえ?
思わず、悪戯が成功した時のように緩みそうになる顔を必死でこらえながら私は意識を集中する。
リオだってブランシュの判断に納得できないって思ってるよね。
1人だけで行かせられるわけがないじゃない。
もともとがリオのエトワールを巡る旅で、今回のは私の失敗なんだから、ねえ?






着いた場所は、墓地の近くにある屋敷。
私たちが一番最初にこの世界に降り立ったときにいた、森の近くの墓地。
あのときは薄暗くてよく分からなかったけれど、こんな屋敷あったかしら?
その屋敷の中の一つの部屋に、私たちは空間転移した。

「なんでお前たちもついて来たんだ!」
着いたと同時に上からブランシュの声が降ってきた。本気で怒っている時の声だ。
だけど私だって言いたい。
「ブランシュが私のことを大事なように、私だってブランシュが大事なのよっ」
危険があると分かっていて、信頼する人を一人で行かせられるほど私はどっしり構えた大きな人間じゃないのよ。
伊達に、気になることにはなんでも首を突っ込んじゃうトラブルメーカーなんて言われてるわけじゃないんだから。

「馬鹿、あんな石くらい俺1人で取り戻せるって言ってんだよ」
「うるさいわね。だったら私たちが一緒でも変わりないでしょ」
「今からでも帰れよ」
「嫌よ。帰らないわ」

「なあ、あれじゃないの?」
そんな私たちのやり取りを遮ったのは、一緒に連れてきたリオだった。
そうよ。一瞬忘れそうになっていたけれど、私たちはあの石を取り戻しに来たんだわ。
石に目をやり、その目的を思い出した私は、それを持つ手からゆっくりと視線を上げていき、その人物を見た。

それは、忘れもしない。
蒼い髪、人形のような無表情。闇咲きの魔女
「ドローチェ・・・・・・」
思わず漏らした言葉は、かすれていて心なしか震えていた。
だって彼女は死んだはずよ。
私が殺した。
ドローチェはダークフレアを受けて、霞となって吹き飛んだはずだったのに。

「妾が生きておったのが信じられぬか?」
たぶん血の気が引いて青くなっているだろう私の顔を見ながらドローチェは余裕げに言った。
まずい。まずいわ。
前回彼女を退けたときは、ヘルとブランシュ二人がかりで時間稼ぎをしてもらったからなんとか倒せたのに、今回ヘルはいない。
それにダイヤはドローチェの手の中にあるから、聖剣の力は開放できない。
こんな状況でこちらが勝つ可能性は・・・・・・ゼロに近いんじゃないかしら。

不安になった私を気遣って「大丈夫だ、あの女この前よりも気配が小さい」
そう言ってブランシュが青ざめた私を背にかばうように前に出た。
それで私は少しだけ冷静になれた。
確かに彼女の魔力は以前戦ったときよりもかなり小さい──というか、ほとんど無いに近い。
ドローチェの禍々しい真っ黒な魔力はどこにいってしまったのか、魔力の少ない人間と大して変わらないものになっていた。
それに首を捻る私を無視して、ドローチェは楽しそうにしゃべりだす。

「確かに妾はあの時、死にかけた。したが、新たに蘇ったのだ。ドロシーと名を改めて、のぅ」
「ドロシーって・・・・・・。じゃあ、あなたが夜天劇団の脚本を? エトワールがバルザールにあるって言った歴史学者?」
私たちがここに来ることになったきっかけは夜天劇団の芝居であり、エトワールがここにあると歴史学者に言われたからだ。
だけどドロシーがドローチェだと言うのならば、そのすべてが違う意味を持つ。
「やっと気づいたのか? 妾はこの石を奪うためだけに、お前を魔界から人間界へ誘い出したのだ」
ドローチェ、いえ、ドロシーはおかしそうにそう言うと石を隣に立つ男に向かって捧げるように両手を掲げた。
その男は、左の目に黒の眼帯をしていた。
どこかで見たことあるような気がするんだけれど・・・・・・誰だったかしら?

首を捻りながら、私は改めて部屋を見渡した。
私たちの正面には、何か儀式をするためなのか祭壇のようなものがあり、床はちょうど中央だけ帯状に毛足の長い絨毯が敷いてある。
ドローチェとその眼帯男が立っているところは、一段ほど高くなっていて、城によくある謁見の間に似ている。

「お前たちなんぞ俺一人で十分だ。今度こそ地獄へ送り返してやるぜ」
様子を観察していた私の代わりに、ブランシュが声を発すると同時に剣を引き抜いた。
だけどそれはまるで、これ以上ドロシーに余計なことをしゃべられる前に片を付けようとしているように見えなくもない。
「まあ、待て。妾には今はお前たちの相手をしている暇はないからのぅ。 ヴィスヴィル、ネージュ。お前たちで相手をしてやるがよい」
そう、身を潜めるように部屋の隅でじっとしていた2人に声をかけた。


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11/05/20
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