無限の太陽、永劫の月

   真実は白き誓いの影



「落ち着いた所で、リオがお前に願っている事があるんだが・・・・・・いいか?」
そう聞かれた私にはルパートが次に言い出す言葉がなんなのか、もう分かっていた。
リオは、この聖剣ブランシュの正統な後継者。もしリオが望むなら、この剣は彼に渡さなきゃダメってこと。
「──いいよ」
本当はずっとこの剣をそばに置いておきたいけれど、それが許されないことは分かってる。
だって、この剣は・・・・・・。


「本当にいいの?」
再度、念を押すようにリオに尋ねる。
「ああ」
リオはそれに躊躇うことなくうなづく。
あまりにもあっさりしているものだから、反対に私の方が躊躇ってしまうくらい。
持っているだけでは、あまり意味のない剣。 それは分かっているけれど、この剣に力を与えるってことは契約をするってこと。
そして・・・・・・剣と契約するってことは一生を私に縛られてしまうってこと。
ブランシュの時は何も分からず、導かれるままにやった。
だけど今回はそれの意味を知ってる。分かりすぎるくらい。
だから、躊躇ってしまう・・・・・・。

「いいから! 早くやってくれよ。いや、やってくださいか、この場合」
躊躇う私に業を煮やしたリオは勝手に私の前にひざまずく。
「もう! あとで後悔しても知らないからね」
リオを一瞥したあと、私は聖剣ブランシュを鞘から抜き放った。

ブランシュという契約者を失ったこの剣はもう、今では白く輝かない普通の白銀の剣だ。
誰がどんな力を込めたとしても、聖剣としての力は失われたまま・・・・・・。
その刀身をリオは不思議そうに見つめた。
輝いていない剣を見るのは初めてなんだろう。
ブランシュが生きていたときは常にうっすらと白い光を放っていたのだから。
私だってこの状態の剣を見たのは久しぶりだ。
もう何年前になるかしら。
ブランシュに初めて出会ったのは・・・・・・。


その男を見た瞬間、ブランシュはひどくがっかりした。
今までの者たちにはかすかだがあったものが、その男からは綺麗に抜け落ちていたからだ。
「此度も頼んだぞ」
ウェントーラ王国の国王は、当然のようにブランシュに命令したが今度ばかりは素直に受ける気になれなかった。
「しばらく考えさせてください」
そのブランシュの落胆した顔を見てしまった王太子は、しかし納得できないといったふうにブランシュに詰め寄る。
「なぜだ。お前はウェントーラの剣だろう? ならば次期王である俺に剣を預けるのがお前の勤めではないか」

──ウェントーラの剣。
たしかにこの1,000年、ブランシュの家系はそう呼ばれてきた。
しかし・・・・・・守っていたのはウェントーラの王家の血ではない。
それは1,000年前に交わされた約束。それを見守るためにブランシュは存在していた。
「いいこと、坊や。この剣は今は輝くことがないけれど、いずれ私たちの真の主が現れたとき、その方との契約によって本当の姿を現すの」
「おばあちゃん、真のあるじってだあれ?」
「800年前に私の友だった人間だよ。いつかその人間と同じ力を持った人間が必ずウェントーラに生まれるはずなんだ。 お前は、そしてこの剣を持つものはその人間を守るためにこの世界へとやってきたんだよ」
「800年前? おばあちゃん、人間はそんなに長く生きられないんだよ」
「そう。私たちは人間じゃない。私はね、遠くの遠くの世界からやってきた魔族なんだよ」
「ま、魔族?」
その話を聞いた時、ブランシュは酷く怯えたものだ。
なぜなら魔族は残忍で冷酷な性格をした、人間の敵だと教えられてきたのだから。
「大丈夫だよ、坊や。お前も人間の一生と同じだけの時間をすごしたら、名を変え、姿を変えて、そうして人間に溶け込むんだ。 私は800年そうやってきたんだよ。坊やもこの私が死んだら、同じようにしてウェントーラの王家から離れず生きていくんだよ」
「ウェントーラ?」
「そう。私たちの主はそこに必ず生まれるはずだから」

祖母にそう言われて剣を託され200年。
その間、何度も姿を変え名を変えながらウェントーラの王家を守ってきた。
ウェントーラの王族の中には、これは! と思う者も何人かいた。
そこまでいかなくても、王位継承を持つ者はみんな、かすかに心引かれる何かの力を持っていた。
「そんな淡い感覚じゃない。出合った瞬間に、この人だ! って分かる」
祖母はそう言っていたけれど、しかしブランシュは今まで一度もそんな経験をしたことなどない。
それでもいつかは、と今まで期待を持っていたのだが・・・・・・。
紹介された王太子は心引かれる力どころか、何も持っていなかった。

──ただの人間じゃないか!

祖母と自分。2人が1,000年の時を待っていて今、その血は薄まりすぎてしまったのだろうか?
だとしたらお笑い種だ。
待って、待って、待って・・・・・・それが無駄だったのだから。

「もうよい。下がれ」
王の言葉に従って部屋をあとにするブランシュのうしろから、王太子の舌打ちする音が聞こえた。
しかし・・・・・・舌打ちしたいのはこっちのほうだ!
イライラした気持ちのまま城の中を歩いていると、急に小さな少女が道を塞ぐようにブランシュの前に立った。
「どうしてお兄様の騎士になるってお返事されなかったんですか?」
彼女はそう言って、ブランシュをまっすぐに見据えた。
そこには兄の護衛を断ったことに対する怒りとかそういうものは一切見えず、そればかりか何の感情もなかった。

だが彼女を見た瞬間、ブランシュはその前に跪かずにはいられなかった。
「あるじ・・・・・・」
祖母が語った昔話を思い出した。
さっきまでのイライラが嘘のように吹き飛び、嬉しさで顔が緩むのを隠せなかった。
ニヤリと上機嫌に口角を押し上げると、つぶやいた。
「本当に出合った瞬間、わかっちまったぜ」

ルネ・L・ウェントーラ。それが少女の名だった。
ウェントーラ王と王妃の3番目の子どもであるにも関わらず、少女はまるで1人で生きてきたかのような寂しい瞳をしていた。
何故? ブランシュは思った。
王や王妃、兄や姉だけでなく周りのすべての者から愛され、大事にされて然るべき立場にいる王女。
それが何故、こんな寂しそうな表情なのか不思議だった。
しかしその疑問はある日唐突に判明した。

「きゃぁー!」
悲鳴とともに後宮から逃げてくる侍女や衛兵、それから妾妃。
何があったのだ? と急いでそこに向かうブランシュが目の前で見たもの。
それは・・・・・・今にも襲い掛からんとする魔族と、その魔族の前で立ちすくむ例の王女の姿。
魔族が人の血を求めて後宮に入り込んだのだ。
「ルネ!」
せっかく見つけたと思った主が目の前で殺されてしまう!
  ブランシュは咄嗟に叫ぶと、手に持つ聖剣を魔族に向かって投げつけた。
しかしそれよりも魔族の動きのほうが早かった。
鋭くとがった爪を持つ魔族の手が、王女の細い体を切り裂いた。

次の瞬間、王女と魔族の体を圧倒的な魔力の渦が包み込んだ。
そして・・・・・・ブランシュが瞬きをした一瞬のうちにすべては終わっていた。
ただ、目の前には何事もなかったかのようにたたずむ王女だけが残っていたのだ。
「なにが・・・・・・?」
何が起こったのか分からなかったが、とにかく今は魔族に襲われて怯えているであろう王女の傍に行かねば。
「大丈夫ですか? ルネ王女」
しかしそこにはふるえ、怯える少女の姿はなかった。
「遅いですよ、剣殿。あなたがもっと早く来ていれば私が力を使うこともなかったのに」
「・・・・・・え」
そして彼女は諦めたように微笑みながら言ったのだ。
「ふっ、下っ端魔族なんて私の力の足元にも及ばないの。あなたも早く私から離れたほうがいいですよ。
いくらウェントーラの剣って言われてるあなたでも、ちょっとでも私の不興を買ったら、消滅させられるかも知れないんだから」

その言葉にブランシュは目を丸くした。
この、目の前の小さな少女が・・・・・・魔力によって自分の命を狙った魔族を跡形もなく消滅させたのだ。
なんて、大きな力なのだろう。
無意識のうちにルネに向かって進んでいたはずの足が、歩くことをやめていた。
それを確認するように見つめていたルネは、「やっぱりね」 そうつぶやくと、身を翻した。
「ま、待ってくれ」
咄嗟にブランシュはルネを引きとめていた。
ここでルネを行かせてしまったら、その信頼を得るどころか心を開くことすら彼女はしないだろう。
そう思えたのだ。
だが、彼女はブランシュの声など聞こえていないかのように歩くのを止めない。

ちくしょー、ここで彼女を行かせてしまったら俺が彼女の力を恐れて近寄れなかった意気地なしって思われちまうじゃないか!
ブランシュは立ち去ろうとする彼女に近寄った。
途端、彼女の体から大きな魔力の気配が溢れ出した。
このまま近づけばさっきの魔族と同じように消滅させられるかも知れない。
ルネのまとう魔力はブランシュをそう思わせるのに十分なほどだった。
だが──かまうもんか!
この小さな存在に出会うために1,000年も待ったのだ。
そうだ。ここで命を惜しむほどの短い刻を生きてきたわけじゃない!
この先また、何百年、何千年もいるかどうか分からない存在を待つより、ここで主を得るか死ぬか・・・・・・悪い賭けじゃない。
ブランシュは自らの体がルネの巨大な魔力に包まれていくのも省みず、その小さな存在を抱き締めた。


...to be continued.



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11/06/10
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