すべては、あなたのために・・・・・・

   第2章 ミステリアスアイズ   ー7ー

「お、お前はまさか・・・・・・カミュールなのか?」
「やだなあ、そんなに短期間で僕のことを忘れてしまうほどに君の頭は可哀想だったのかい?」
いつもと違う彼の様子にあっけに取られたディルは、ちょんちょんと袖を引っ張られファンの方へ視線を向けた。
「なんだよ」
小さな声で聞き返したディルは、ファンが必死に目配せをしているのに気づいた。
(どうも・・・・・・カミュールがいつもと違うってところには触れてはいけないようだ)
彼女の様子からそれを察知した彼は、訝しく思いつつも小さくうなずいた。

「ねえそこ。2人は随分と仲がよくなったのだね」
表情だけは柔らかいのに、カミュールのその声を聞くと背筋に冷たいものを感じるのはなぜだろう。 そう思いつつディルはファンに合わせるようにカミュールに向けて、ははは・・・・・・とぎこちない愛想笑いを送った。

それにしても、フィリップの一声で集まった者たちを見てみると、みな屈強な男たちばかりだ。 彼らの様子から砂埃を撒き散らしながら砂漠を駆け巡り一瞬にして数々の商隊を獲物にしてきたその戦いぶりが容易に想像できた。
(よく鍛えられている)
そう思わずにはいられなかった。

数々の戦闘で経験を積んできた彼ら。それに比べてイルザスの兵で実際に戦闘を経験したことがある者は何人いるだろう?
確かにこの何年かのムントとの戦争ではイルザスの父王は勝ちを上げており、英雄と讃えられている。 しかしその全てが実際の指揮を任されたのはディルであり、戦場に駆り出されたのは翡翠騎士団であった。 数だけを見れば圧倒的にイルザスに分があるが、平和ボケしたイルザスの兵などでは砂漠の民にまるで歯が立たないに違いない。
砂漠の民がこのよう武装集団だったなど・・・・・・知らなかった。 いや、もはやこれはただの集団などという生易しいものではない。 むしろ立派な兵団と呼ぶべきでなかろうか?

ディルがそこまで考えたところでいきなりフィリップが立ち上がった。 どうやら彼が呼んだ部族の者たちが全て集まったようだ。
とたん、さっきまでざわついていた彼らが一斉にこっちを向いて、辺りは一瞬にして波を打ったように静まり返った。 フィリップが何かしゃべるのをみんなが待っているのだ。 そんな中、いつもと違う笑みを浮かべた彼は、焦らすようにゆっくりと口を開いた。

これから戦争でも始めようかという雰囲気に、ディルはその可能性を考えた。 これだけの数の集団──いや、兵団──がいるのだ。 諍いを繰り返し疲弊していくイルザス・ムントの2国を倒し、新たな国を立ちあげる。 フィリップの一声で集まったこの連中ならば、そんなことができるという、その可能性を。

しかし・・・・・・フィリップから発せられたのは、ディルが予想していたのとは違う言葉だった。 平和のためでもない、砂漠を出て豊かな地を奪い取るためでもない。 それは、いつものヘラヘラとは程遠い、王の風格を伴った、威厳のある者の演説だった。

我らは略奪者でも征服者でもない。
遠き昔、我らの子孫が国を追われてから300年。
我らの悲願は常に国土を奪還することにあった。
そのために、砂漠に逃れ今まで機会を伺っていたが・・・・・・いま、時は満ちた。
ここに集まった者たちは私に賛同してくれる者たちであり、等しく意思を持つ者たちであると思っている。
今こそ砂漠の民は、イルザス・ムント両国を討ち国土を取り戻そうではないか!

フィリップの演説が終わると、歓声とともに方々で叫ぶ声が上がった。
「ショルトレーゼ! ショルトレーゼ!」
その言葉を理解すると同時に、ディルは息をのんだ。

300年前までイルザスとムントがある地を治めていたのは、今とは違う民族だった。 それを追い出したのが、現在イルザス・ムントと呼ばれる国で、当時は一つだったものが意見の相違から二つの国に分かれた。 追い出された民族は、芸術に秀でており争いを好まず、豊かな地を放棄して去ったと言われている。 その民族が作った国の名が・・・・・・。
「ショルトレーゼ」
確かそんな名だったはずだ。

だからなのだ。
毒に倒れて気を失った後、最初に目を覚ました場所を不思議な空間だと思ったのは。 あの病室の内装全てが、今は失われたショルトレーゼの様式だったのだから。 どこかの王宮のような・・・・・・それでいて、この世でないような。
ショルトレーゼ様式の美は、イルザスの城内にある禁書の中で何度か見た事があったが、今までまったくそれを思い出せなかった。 あれだけの見事な芸術を作り出す繊細な民族が、土地を追い出されたことによって、こんな武装集団に変わってしまったのか。
なんだかそれがイルザスの罪であり、また、その血を受け継ぐ自分の罪であるような気がしてディルは小さく呻いた。

「気にすることなんかないわ。変わったように見えても、芸術を愛するショルトレーゼの本質は何も変わってないもの」
ふいにかけられたファンの言葉にディルは目を見張った。
(オレは今、気にしてたことを声に出して言っただろうか?)
それから何気なくファンに目をやるが、彼女はフィリップの演説を聞いているようでディルが見つめていることには気づいていないようだった。
(そういえば・・・・・・彼女は予言者イリューシャと呼ばれているんだったな)
現在の彼女に冠せられた呼称に意味などないと思っていた。
しかし・・・・・・。

不思議だ
彼女はすべてを知っているように言い当てる。
なぜだ?
まるで心の中を見透かすように確かなそれは、本当に予言なのか。
イリューシャは砂漠の民に生まれる予言者に与えられると聞く。
ファンのその力は、本物なのか?
そういえば、数日前にディルを追って砂漠へやってきたガーラとアラントの親子を言い当てたのもファンだった。

トキの声をあげる砂漠の民を無表情に眺めているファンの横顔を見つめながら、ディルは彼女のことを考えた。
そんな彼の疑問はまったく晴れないまま、のちに奪還戦争として長く語り継がれる物語は、こうして始まったのだった。

...to be continued.

10/11/21


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