すべては、あなたのために・・・・・・

   第2章 ミステリアスアイズ   ー6ー

ディルが落ち着く間もなく、2人が部屋から出て行くのを待っていたように、入れ替わりにフィリップが入ってきた。 おそらく砂船での会話の答えを聞きに来たのだろう。 そう思ったが毒を受けてすぐ気を失っていたディルはまだ何も考えていなかった。 それに・・・・・・。
(オレをこの団に入れることで彼らにはどんなメリットがあるって言うんだ?)
紅の狼が彼をほしがる理由が分からないため、ディルは彼らに対し警戒心を解く事ができないでいた。

しかしフィリップはそのことには少しも触れず、当たり障りのない世間話を始めた。
「久しぶりに会って、彼女のことをどう思ったかい?」
「ファン・・・・・・いや、イリューシャ、さまのことですか?」
ある程度会話が進んだところで、フィリップはいきなり彼女のことについて聞いてきた。 だが・・・・・・何を言えばいいのか。 答えに窮したディルは、幼馴染である女装男に助けを求めようとした。

しかしカダはいつの間にか消えていた。
(そういえば昔からアイツは要領だけはいいヤツだったな)
ディルは悪友の抜け目なさを心中ぼやいていたが、フィリップは自らの質問に答えを求めていないらしく、再び話しだした。
「君は彼女がここでどんな立場にいるか、分かるかい?」
「首領の、つまりあんたの養女なんだろう? イリューシャ様と呼ばれて・・・・・・」
付き人にかしずかれ敬称を付けて呼ばれる彼女は、まるでこの団にとっての女神の娘シャライサーマのようだった。 彼女自身は嬉しそうではなかったが、その慣れた様子からいつも大事にされているのだろうと思った。

それなのに平気で矢の前に自分の身を晒す、その行為に驚いた。 あれだけ大切にされているのに、なぜ簡単に命を投げ出す事ができるのかと腹が立った。 もし、死んでいたら・・・・・・いや、傷つけられていたらと、そう考えるだけでなぜかディルは胸が苦しくなった。
「そう、その顔だよ。君、怒ってくれただろう? あの子が身を呈して私を守ろうとした行為を。だから私には、いや、砂漠の民には君が必要なんだよ。ディルバルト君」
いつの間にか、険しい顔で眉間に皺を寄せていたことを指摘され、だから必要なのだとフィリップはディルに柔らかな笑顔を向けた。
(あいつを怒鳴りつけたことと、オレがここに必要なことにどんな関係があるんだ?)
意味が分からず、訝しげに視線を向けたのに気づいたのか、彼はさらに話を続けた。

「君も気づいたと思うが、あの子は生への執着が驚くほど少ない。私をかばうために、簡単にその身を投げ出してしまうほどにね」
寂しそうにそう言われ、ディルはうなずいた。 初めて会ったときも、2度目にカント出会った時も、彼女はいつも自分の命より人の命を優先した。 まるで自分の命にはそこまでの価値がないとでも言うように。
「おそらくあの子は今まで大切にされた事がないんじゃないかな。でなければあそこまで自分の命に無頓着になれるはずがない」
「しかし・・・・・・」

思い返してみれば、彼女は女神召喚に巻き込まれてこの世界にやってきた、おまけのような存在だ。 それ以前の彼女がどんな場所で暮らし、どんな生活をしていたかなんて、考えた事もなかった。
「今はイリューシャとなり砂漠の民も彼女を大切に扱っているけれど、それでも心のどこかで彼女のことをいつでもすげ替えの利く人間だと思っている者が多い」
「それじゃ、いざと言う時に彼女は・・・・・・」
実際のこの団のリーダーはフィリップだけれども、そのことを知っている者は皆無に近い。 逆に、銀髪のイリューシャの名は知らぬ者などいないほど有名だ。 そんな中で乱戦に巻き込まれたら・・・・・・誰にも助けられることなく、ファンは紅の狼を率いた人間として捕らえられ処刑されるだろう。 その光景をディルは容易に想像できた。

知らず知らずのうちにディルはきつく唇を噛みしめていた。 その、口の中に広がった血の味が、まるでこれからファンの身におこる事を暗示するようで急いで唇を拭った。 その様子をじっと見ていたフィリップが再度口を開く。
「やはり君は私たちに必要な人間だよ」
そして、自分の考えが間違っていなかったのだと何度もうなずく。
「君にあの子を守る盾になってもらいたいんだよ」
「そんな・・・・・・。自分の命をなんとも思ってないヤツを助けるなんて、オレにはできない」

(そうだ。オレの命は救っておきながら、自分はあんなに簡単に命を手放そうとするヤツなんだ)
またいつ同じことを繰り返すとも限らないのに、守る事なんてできるのだろうか。 いや、何回かは守ることができても、そのうち必ず命を落とすに決まっている。 そうでなくとも・・・・・・ほかの人間の代わりに、なんて理由で自分から敵の前に身を投げ出されたら助けようがない。
「だけど少なくとも君は、そんな彼女を怒鳴りつけることができるだろう? おそらく初めてだったろうね。人の命を助けて怒鳴られたことなんて」
言いながらフィリップは本当におかしそうにくすくすと笑った。

しかし・・・・・・。
「笑いごとじゃない! こっちは必死だったんだ」
あの時のことを思い返すだけで今でも身体の奥からぞわりと恐怖が沸き起こってくる。
なぜだか分からないが、彼女を失いたくない。
それが正直なディルの気持ちだった。

「君がそうやって必死に彼女を守ってくれるならば、彼女も少しは生への執着を持ってくれるんじゃないか・・・・・・私はそう思っているんだよ。どうかな、ディル君」
まっすぐこちらを見つめ、そう問いかけてくる。
思えばフィリップの口調は、この部屋に入ってきた時からどこかいつもと違っていた。 そのことに今さらながら気づかされたディルは、「やられた」 と小さく呟いた。
フィリップは見た目どおりの気のいい親父でも、家族思いの父親でもない。 ヘラヘラとした態度で誤魔化されているが、実は誰よりも警戒すべき曲者であったのだ。 彼女を守る、それ以外選択肢がないところまで感情を追い詰められ、改めて意思を問うフィリップのやり方に彼は言葉もなかった。

うまく誘導され、彼の意思に絡めとられてしまうのは抵抗がある。 しかし、それ以上に今ここでファンを見放してはいけない気がする。
(なぜだか分からないが、どうやらオレは彼女に危険な目にあってほしくない。だけどこのままだといずれ彼女は命を落としてしまう。 ここの連中はあてにならないようだし・・・・・・)
しばらく考えた後、ディルは諦めたように言った。

「分かった。オレが彼女を守ろう。ただし、盗賊行為はしない」

身分を剥奪されて、兄の手で殺されそうになったとはいえそれだけは許容できなかった。 しかしフィリップはふっと顔を緩め、言った。

「これで、役者が揃ったな。盗賊団『紅の狼』 は、もう終わりにしよう」



ムント王国とイルザス王国の間には誰も分け入ったことのない不踏の山脈がある。 そして両国の南には大きな砂漠が横たわり、山脈と砂漠により2国は東西に分けられていた。 南にある砂漠に住む者たちを砂漠の民と言い、紅の狼はその砂漠の民の中でもごく一部の者が寄り集まって作られたものだと思っていた。
しかし、考えを改めるべきかも知れない。 ディルは目の前の光景を見つめ、そんなことを思っていた。
そして次に、フィリップに挨拶をしてからそれぞれの持ち場に帰っていく者たちを眺めながら、乱れのないその統率に舌を巻いた。 ──彼らは全てフィリップのひとこえで集まった者たちなのだ。

先日、ディルを団内に引き入れた彼は「期は熟した」 と言った。 その結果がこれだ。
砂漠にこれだけの人間が住んでいたのかと正直驚いたが、これでもまだ全員ではないという・・・・・・。 これだけの人数、しかも完璧な指揮に拠る隊列。
「彼らは砂漠の各地に部族ごとに散らばって住んでいるのよ。そして父さんに挨拶に来ているのはそれぞれの部族のリーダー」
横に立つファンの説明を受けながら、集まった者たちをみると各部族ごとに少しずつ彼らの容貌は異なった。 しかし、フィリップを頭として敬っていることだけは変わらないようだった。

「それにしても、これじゃまるで軍隊みたいだな」
ディルは誰にでもなく呟いたがその声は案外大きかったようで、思わぬところから返事がやってきた。
「まるで、じゃないよ。これはね、軍隊なのさ。僕たちは今から長年の悲願をかけた戦争をしようというのだから。ねぇ、母さん」
どこかで聞いたことある声が、だけど物凄く聞きなれない貴公子然としたしゃべり方で話をするのを、ディルは何事なのだろうと振り返った。 そこには予想通りの人物が、気味の悪いほどに愛想のよい笑顔でアイリーンの手を引いている姿があった。


10/11/15


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