すべては、あなたのために・・・・・・

   第2章 ミステリアスアイズ   ー5ー

次に目を覚ましたとき、ディルは不思議な空間にいた。
「オレは、死んだのか」
こんな幻想的な場所、見たことなかったディルは少しかすれた声で呟くと、無意識に差し出された水を飲んだ。
「残念だったわね。まだ生きてるわ。というか、今ここを天国だと連想した? あつかましいわね。あなた、自分が天国に行ける人間だと思ってるの?」
効きなれたハスキーボイスに眉をしかめるとディルは呻いた。
「貴様、なぜここにいる! しかもなんだ、その気色悪い格好は。俺の前でそんな醜態を晒すな」
ディルはおそらく自分を介抱してくれたであろう人物に、悪態をついた。
「嫌だわ。私があまりにも美しいからって嫉妬しちゃってぇ」
「誰がするか! このオ──」
「っんだと?」
いきなり声のトーンを落とした人物のただならぬさっきにディルはそれ以上は言葉を繋げることができなかった。

あの時紅の狼の砂船を襲った、全身黒で揃えた鎧の兵士たちは、一番上の兄リノルークの黒鎖騎士団であった。
そして、ファンを庇ったとき腕を掠った矢に塗ってあった毒は、イルザス王家おかかえの医師が調合したものだったはずだ。 それを解毒することなどこの人物にはわけないことであったろう。
一瞬のドスの効いた声に黙り込んだディルをまったく気にすることなく、 上機嫌で脈を取る、一応命の恩人であるその人物の様子に、彼はため息をついた。

「様子はどう?」
2人のにらみ合いが続く中、その部屋に入ったファンは開口一番そう言った。
「イリューシャ様! この通り、カダにかかれば毒ぐらいたいしたモノではございません」
「さすが。イルザスの元おかかえ医師ね」
感心したように微笑むファンに近づき、カダーリエは彼女の腰に手をやると部屋の中央まで導いた。

その2人の仲のよい様子を見たディルはなぜかムッとして口を挟まずにはいられなかった。
「おい、お前。彼女に近づきすぎだ」
「どうしたのディル? 急に不機嫌になって」
ファンに指摘された通り、自分でもおかしいとは思ったが、彼女のそばに誰か自分以外の者がいることに苛立つ。 しかも、まるでわけが分かりませんとばかり首を傾げるファンにその思いはますます募る。 そんなディルの様子を、ファンの横から何か面白いものでも見つけたようにニヤリと嫌な笑みを浮かべながら見ているカダーリエに彼は舌打ちした。
「ちっ」

しかし、当の本人は睨みつけても気にする様子もなく、さらにファンを抱き寄せる。 それを見て顔をしかめたディルの様子に、何を勘違いしたのかファンがすまなそうな顔をした。
「ごめんなさい。あそこであなたが私をかばうなんて思ってなかったから、一番確実な方法を取ったんだけど・・・・・・。 結果的にディルに怪我をさせてしまったこと、誤るわ」

「いい」
彼女をかばったのは反射的だったし、あのくらいの矢、いつもだったら剣で簡単に薙ぎ落とす事ができたはずだ。 それなのに、身体でかばってしまったのはまだまだ判断力が未熟なせいだ。 それに怪我をしたことよりも、彼女をかばう事ができたことに満足している。
しかし、だ。
今、目の前で見せつけられている光景だけは許す事ができない。
(ファンは気づいていないようだが・・・・・・)

「お前、そいつから離れろ」
「いやだわ。嫉妬かしら?」
眉をしかめてそう言うと、カダーリエはますます笑みを深くする。 抱き合いながらお互いを見つめる彼女たちは、傍目に見れば仲のよい親友同士に見えなくもない。
それでも、だ。
「ファン、知らないようだから教えてやるが、そいつは、カダルは男だ」
その言葉を聞いた途端、ファンは硬直しギギギと音がしそうな動きでカダーリエに顔を向けた。

それを見てすごく残念そうな顔をしながら、カダーリエはファンをやっと手放した。
「いやだ、ディル。ばらさないでよ。せっかくかわいい妹ができたと思ってたのに。それに今はカダーリエ。 カダルなんて名前とっくの昔に捨てたの」
「え・・・・・・本当に? カダ、あなたオカマだったの?」
目を丸くしてオカマと言った途端、カダーリエはファンに人差し指を突き出して「いいこと?」 と始めた。
「オカマって言っちゃダメよ。私はもう身も心も完璧な女なんだから!」
そして、あとで覚えてらっしゃいよとばかりにこちらを睨む。

(・・・・・・そういえば、カダルが医師になったのは完全な女になるための薬を自分の手で開発するためだったっけ)
思い出したディルは思わずカダーリエに訊ねた。
「あの、何の役にも立ちそうにない薬ができたのか?」
「そうよ! できたの。見てほら、この見事な胸のふくらみ、綺麗な腰のライン! どこから見ても私は立派な女。 胸に詰め物をすることも、毎日のヒゲ剃りも、もう私には必要ないんだから! なんなら、触ってみる?」
薬の話が出た途端、カダーリエは嬉しそうに抱きつき、自分の胸にディルの手を引っ張っていこうとする。
「やめろ。くっつくな気色悪い。お前の身体の話など、どうでもいい!」
「ど、どうでもいいですって? 酷いわ。私のことを散々弄んでおいて、今さらどうでもいいだなんて」
意味の分からない言いがかりとともに、離そうと思えば思うほど、カダーリエは抱きついてくる。しかもすごい力で。

「っぷ。くすくす」
そんな2人の様子を見て、ファンは楽しそうに笑い出した。 思わずカダーリエに抱きつかれていることを忘れ、ディルはその笑顔に見入った。
(この女がこんな風に笑うのをみるのはこれが初めてかも知れない・・・・・・)
気づくといつの間にかカダーリエはディルから離れ、ファンに椅子を勧めていた。
「2人とも、とっても仲がいいのね」
彼女はそう言って座り、今度ははにかんだ笑顔で青銀の瞳をディルに向けた。

するとなぜだか急に鼓動が早くなった気がして落ち着かず、ディルは急いで瞳をそらした。
「こいつとはイルザスの王宮にいるとき、一緒によく遊んだいわゆる悪友ってヤツだ」
仲がいいなどと言われたくない、そう思って出た言葉だったが、それを聞いた途端ファンは寂しそうな顔を見せた。
「悪友・・・・・・か。なんにしろ、小さいころからの心を許せる友達がいるって良い事だと思うよ」
(そうか、こいつはそう言えばシャライサーマの召喚の儀に巻き込まれて自分の住んでいた場所からまったく知らないこの地へ来たんだったか)
儚く笑うファンの表情から、この地に本当の意味でファンが心を許せる人間がいないのではないかとディルは悟った。 黙り込んだファンに、何かかける言葉を・・・・・・そう思ったがこの時、ディルには口を開いても何もいいせりふが浮かんでこなかった。

「じゃ、そろそろ私は部屋に戻るから。あんまり長居してもディルが疲れるしね」
言葉を捜しているうちに、なんとなく暗くなってしまった雰囲気を吹っ切るようにファンは立ち上がった。 そしてカダーリエに、「頼んだわね」 とそれだけ言って出て行った。
「ダメねぇ。彼女に気を使わせるなんて、男として3流よ」
「うるさい」
(オレだって彼女にあんな顔をさせるつもりなんかなかった)
だけど今まで女性に対してこんな風に思ったことなど一度もなかったから、どうしていいか分からなかったのだ。 それに、そんなことを思う自分の心にも・・・・・・。

初めてみた彼女は、ただの生意気なチビでメガネの女だった。 2度目に見た時、そのまっすぐで引きこまれそうな瞳が気になった。
そして、今。
あの青銀の瞳で見つめられると、なぜだか落ち着かなくなり鼓動が早くなる気がする。 そして、さっきの儚そうな笑顔──。
思わず手を伸ばして抱きしめたい気持ちになった。
「大丈夫、オレがいる」
なぜかそう言ってしまいそうだった。 だけど、どうしてそんなことを思ってしまうのか・・・・・・。

思い当たる原因はまったくない。しかしそんないつもと違う姿の自分を見て、 意地悪くニタニタと気味の悪い笑顔をこちらに向けるカダーリエなら、その答えを知っているのかもしれないと思った。
絶対に聞きたくはないけれど。


10/09/30


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