すべては、あなたのために・・・・・・

   第2章 ミステリアスアイズ   ー4ー

「ディル君にはしばらくおじさんと一緒にこの部屋にいてもらうよ。君がどうするか決断するまでね」
そう言ったフィリップからはもう、さっきまでのプレッシャーはなくなりディルは緊張の糸を緩めた。 それからしばらく、彼はフィリップのとりとめない話に付き合っていたが、部屋の外から足音が近づいているのを感じ振り返った。
「シェーラルールかい?」
フィリップはノックも待たずドアを開けると、彼女を部屋に招きいれた。
「失礼します。イリューシャ様から・・・・・・」
彼女はディルをチラリと見ると、そこで言いよどんだ。 しかしフィリップに先を促されると、一瞬目を丸くしてから続けた。

「この先で商隊に偽装した兵が、待ち伏せを行っているようです。その数はおよそ50人。 ですが、イリューシャ様が言うには、どうも王子と呼ばれる者が指揮を執っている模様です」
「ふむ。どちらかの国が紅の狼を討伐するのに、やっと重い腰をあげたかな・・・・・・」
「迂回しますか?」
腕を組んで何か考えている様子のフィリップに、シェーラルールが声をかけると彼は不敵な笑みを浮かべた。
「まさか。そろそろ動き出そうと思っていたからね。ちょうどいい機会だ」
その言葉にディルは驚いた。
(剣を交える気だ! しかしいくら50人とはいえ、鍛えられた兵にただの盗賊がかなうはずもない。 手を出したら無事にはすまないだろう。それなのに、この男は何を考えているんだ?)

「じゃあ、私はみんなに伝える事があるから行くよ。シェーラルールは、しばらく彼の相手をしててくれるかい?」
ディルの心配をよそに、おそらく兵と戦う作戦でも考えに行くのだろう。 腰に剣を携え部屋を出て行ったフィリップの代わりに、ディルの前には人のよさそうな銀髪の娘が残った。

シェーラルールと名乗ったその娘は、テーブルの上にチラリと視線をやると冷めてしまったお茶を片付け、新たにコーヒーを用意した。
「どうぞ。北産のものですから、コーヒー通のディルバルト様の舌にも合うかと思いますよ」
淡々と言って目の前に置かれたカップからは、ディルが好みとする香ばしい匂いが立ちこめる。 しかし、だ。
「オレがこの味が好きだとよく分かったな」
味わうよりも前に、ディルはシェーラルールに対し鋭い視線を投げた。
「私たち、砂漠の民の情報網にかかればこのくらい簡単に調べる事ができますから」
「ほぉ?」

護送の馬車が襲われ、助けられたときからおかしいと思っていたのだ。 ディルたちの通るルートは、彼を助けようとする者たちに分からないように、前々から綿密に練られていたはずだ。 そのルートをいとも簡単に見つけ出し、おそらくは待ち伏せしていた紅の狼に。
──どこから計画が漏れたのか、と。
(オレの嗜好をここまで調べる事ができるならば、今回のルートを調べることくらいわけない、か)
イルザスの警備網は決して緩いわけではない。その中でも、ディルの住まうバルディアの警備は磐石で、蟻の這い出る隙もないと言われている。 その網をかいくぐってここまで正確な情報を掴んだのだとしたら・・・・・・あの国は紅の狼にとって丸裸に近い状態にあるのではないだろうか。

「ところで、なぜオレを助けたのかアンタは聞いているか?」
フィリップに訊ねても逸らされてしまったが、人のよさそうなこの娘からなら、ある程度引き出せるかも知れない。 たとえ口止めされていたとしても、カマをかければ何かしゃべってくれるかも・・・・・・なんて思いながらディルはシェーラルールに問うた。 しかし彼女はその質問をした途端、少し頬を赤らめ口に手を当てた。
「むふっ。そう言うことは、他人に聞いちゃいけないんですよ。本人に直接聞かないと!」
「え?」
「ダメですよっ。これ以上は言えません。なんたって私、イリューシャ様の側近で、唯一の世話係りですから!」
シェーラルールはなぜだか、不気味な含み笑いを浮かべそう言った。

(全然要領を得ない・・・・・・。しかもなぜここで彼女の名が出てくるんだ?)
普段、冷静だとか、無愛想無表情だと言われるディルであったが、この盗賊団に助けられてから調子を崩される事が多い。
「あ、イルザスの末王子ともあろう方が、眉間にしわ、寄ってますよ。もしかして、殿下って呼ばないとダメでした? それとももっと、平身低頭・・・・・・」
「いや、いい」
困ったようなシェーラルールの会話をさえぎり、ディルは調子を狂わされている理由がなんとなく分かった気がした。
(王子扱いされていないからだ)
フィリップにも、それにシェーラルールにも、ディルはただの人間、それも子どもか少し年下の男の子として扱われているのだ。 顔色を伺われることも、機嫌を取られることもない。 王子として振舞う必要など、ない。 それに気づくとディルは地位を失ったことよりもむしろ、開放された居心地のよさに思わず顔を緩ませた。

が、何を勘違いしたのかシェーラルールは急にポケットをごそごそとしだしたかと思うと、満面の笑顔を浮かべてディルの手のひらに不気味な人形を乗せてきた。
──さっき、これとよく似たシチュエーションに出くわした気がする。
そう思う間もなく彼女から発せられた言葉に、ディルは苦笑いを浮かべた。
「これ、恋愛成就のお守りですっ。兄が部下からもらったと言っていたモノなんですけど・・・・・・私が持つよりもディルバルト様が持ってたほうがいいと思うので」
「い、いや」
「心配しなくても大丈夫。効果は絶大です、たぶん。霊験あらたかって感じの雰囲気ただよってますし」
押し返そうとするディルの言葉なんてまるで聞いていないシェーラルールは、彼の手に乗る人形を見て、いい仕事したとでも言うように満足げにうなずいた。
(効き目を疑ったわけじゃない、というか、なんで恋愛成就・・・・・・)
思わず引きつった笑み浮かべるが、再度つき返すことは諦め、ディルはそれをポケットに押し込んだ。

「さて、では行きましょうか」
「は? どこへ?」
ディルが人形をポケットに入れたのをしっかりと確認した後、シェーラルールは船長室のドアを開けた。 彼女はたしか、フィリップに代わりこの部屋で見張りをするように言いつけられたのではなかっただろうか?  口の先まで出掛かった言葉は、荒々しい怒号にかき消された。
「あらあら、始まっちゃいましたね。急ぎましょ」
彼女に連れられ行った先は、甲板の中央。船の下で繰り広げられる戦闘が、よく見える位置だった。 そこから指示を出しているのだろう。抜き身の剣を片手に立つフィリップと、そして。

「イリューシャ様、戦闘中は部屋から出てはダメだと言っておいたじゃないですか。なんでここにいるんです?」
フィリップの横には、今はイリューシャと呼ばれるファンが立っていた。 シェーラルールは彼女の近くに寄ると、頬を膨らませたがそんな小言はいつものことなのだろう。 ファンは煩そうに眉を動かした。
「だって仕方ないじゃない。私には見えてしまうんだから」
一瞬、寂しそうに見えたのは気のせいか? ディルがそう内心思ったところで、彼女はいきなり隣に立っていたフィリップの前に身体ごと割り込んだ。

「な?!」
何をやっているんだ! そう怒鳴りそうになったディルだったが、気づいたときには言葉よりも先に身体が反応していた。
(少し、掠ったか・・・・・・)
まるで予めここに飛んで来る事が分かっていたかのように、ファンはフィリップの前に飛び出した。そこへ、彼を狙ったらしい矢が飛んできたのが見えた。
いつもなら、他人が傷ついても無関心なはずのディルはその時なぜか彼女を庇った。自分が傷つくことも分かっていたのだが。 それから彼女をディルは思いっきり怒鳴りつけた。
「この馬鹿! 剣も使えない者がこんな場所に出てくるな。死にたいのか?」

しかしその言葉を最後に、ディルは目の前が暗くなって行くのを感じた。
(しまった。矢に毒が・・・・・・)
そう思ったときにはもう遅く、ファンの叫ぶ声がだんだん小さくなっていき、彼はそのまま意識を手放した。


10/09/27


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