すべては、あなたのために・・・・・・

   第2章 ミステリアスアイズ   ー3ー

「イリューシャ、おいで」
フィリップに誘われるように、静かにディルの元にやってきた少女は、ヴラディ王の養女と同じ名だった。 しかしディルの知るのとまったく異なる色を纏い、名も違うにもかかわらず、彼にはその少女の姿がよく知る人物と重なった。
「ファ・・・・・・」
「イリューシャ。彼女の名はイリューシャだよ。イルザスの末王子、いや、今はただのディルバルトかな」
ファン、とディルの口が紡ぐのを遮るように、フィリップはヘラリと笑いそう言った。

(紅の狼、銀のイリューシャ・・・・・・)
不意にそんな言葉を思い出した。 牢に繋がれているとき、兵たちが話していた噂話だ。
昨今、急に活発になった神出鬼没の紅の狼には、銀髪のイリューシャと呼ばれる女がいて、捕らえたものの真の姿を一瞬にして当てる。 彼らを詳しく調べるためにイルザスから送った間者もことごとく見破られ、誰も彼らの情報を持ち帰る事ができない。
(ファンが、イリューシャ?)

なぜ彼女がそんなものになっているのか分からないが、彼女こそがイリューシャと呼ばれる人間なのだろう。 だとすればやっぱり、カントで自分を助けたあの手紙は彼女が送ったものに違いない。ディルはそう思った。
(それにしても、どうして紅の狼が護送中の罪人であるオレを助けたんだ?)
さっきからディルは同じ疑問を頭の中で繰り返している。 何度も助けた王子が、また困難に陥ったのを見に来たか?  今回は身分を剥奪され、処刑されるためにムントへ送られているところだったから、笑いにでも来たのか?  しかしいくら考えても納得のいく答えが見つからず、口を開いたディルは咄嗟に言ってしまった。

「チビメガネ、何をしに来た」
しかし、彼女は目を丸くすると言い返した。
「それがこれから助けてもらう者に言う言葉なの?」

思わず投げかけた言葉に、あのときと同じせりふを返した彼女は、含みのない笑顔をディルに向けた。
「久しぶりね。ディル・・・・・・殿下?」
ディルも自然に柔らかな笑顔を返した。
「いや、もう殿下じゃない。ただのディルだ」

「随分、仲がいいんだね。お父さん、なんか妬けちゃうなあ」
微笑みあう2人の視線の間に、なぜか急にフィリップが身を乗り出し遮った。 その言葉に顔をしかめるファンは、首を傾げ視線をフィリップに移した。

「は? ってか、その服からはみ出してる不気味なモノは何?」
「ああ、これかい」
おぞましいものでも見るかのように顔をヒクつかせるファンと対照的にフィリップは嬉しそうな顔で言った。
「手だよ」
「はぁぁぁ? 何? 手ってなに! しらっとして何をそんな普通に受け答え・・・・・・って頬擦り? 頬擦りなんてしないでよ! 気味悪い、サイテー」
ファンが指で指し示したそれを、フィリップは胸元から取り出すと、あろうことかうっとりと頬擦りをする。 その手には、乾燥し黒く変色した何かが握られていた。
「酷いなあ、気味が悪いなんて」
「酷いのは父さんでしょ? どこでそんなモン拾ってきたのよ! ご遺体に返して来てよ」
「何を怒ってるのさ。これは約1500年前の人間のミイラから切り取った貴重な物なんだよ。返すなんてできっこない。 それよりも見てごごらんよ。すばらしいじゃないか。 傷一つない上に、形も綺麗。お守りとしてこれ以上のものは探したって滅多にないんだよ?」
娘にじとっとした目で見られても気にすることなく、まるで恋する乙女のように頬を染めそれを見つめるフィリップに、ディルまで思わずあとずさった。

実は砂漠の民は無類の偏執コレクターで、変なものであればあるほど収拾したくなるという癖がある。 その中でも特にお守りの収拾は有名で、紅の狼に襲われた商人の中には祖母から押し付けられたという手作りの人形を奪われた者もいたと聞く。 そして彼らはまた、自分が良いと思った物を友人に贈ることこそ、紳士のあるべき振る舞いだと信じているふしがあり・・・・・・。

「このお守りはね、ディル君にあげるために手に入れたんだよ。ほらキミ、何度も牢に入れられたり処刑されかけたりしてるだろう? だから、ね」
そう言ってフィリップは強引にディルの手をとり、その手のひらに干からびたミイラを乗せた。
(うへぇ。い、いらん! こんなもの)
思わず投げ捨てそうになったが、なんとか我慢する。かさついた気味の悪い感触に顔が歪みそうになるのも、ぐっとこらえる。
しかし・・・・・・いつまでも持っていたくないために、目を泳がしながらも押し返そうと言い募る。
「貴重なものなら、ぜひフィリップ殿が持っていたほうが・・・・・・。 ほ、ほら、オレは何度も死にかけたけど悪運だけは強いみたいで、毎回もまた助かってますから」
「ふむ。そうかい」
つき返されたお守りをそれ以上無理に押し付ける様子もないフィリップに、ディルはほっと胸を撫で下ろす。

「それもそうか。君にはこれよりも素晴らしいお守りがあるんだったね」
胸元にお守りをしまいながらヘラリと笑うフィリップからはなぜか冷気がただよってくる。 それから、意味ありげにファンに視線を移し、フィリップは最後にひとことだけ声を落としディルの耳元で囁いた。
「そう簡単に、それをあげるつもりはないよ」
(・・・・・・え?)
なぜだか物凄い殺気を感じて、ディルは跳ねる様にフィリップと距離を取った。

しかしそんな二人の態度に気づいていないファンはすでに砂船に乗り込んでいた。
そして・・・・・・。
「父さん、拾ったら拾った人が最後まで面倒見るんだからね?」 と最後に謎の言葉を残し船室へ消えて行った。



その後船長室に招かれたディルは、自らを船長と名乗るフィリップに驚いた。
「実はおじさん、この船の船長なんだよ」
「え、だって・・・・・・」
なんとなくフィリップがここの船員たちの中で上の方の地位にいることは予想ができていた。 しかし彼は大商人フィリップ・ショルトーであり、対するこの船は、紅の狼という盗賊団の船のはずだ。 その船長と名乗るということは・・・・・・。

「そうだよ。おじさんがこの、紅の狼の首領なんだ。驚いただろう?」
今までどんなに間者を送っても知ることの出来なかった事を、なんでもないようにサラリと告げられ、ディルは戸惑った。
「あっ、でもこれ以上は教えられないよ。君も狼の一人になるというのなら、別だけどね」
フィリップは戸惑うディルにかまわず続けると、視線をまっすぐに向けてきた。
「え・・・・・・っと」
心の奥まで見透かされそうな、鋭い視線にディルはかつてないほどの居心地の悪さを覚えた。
(ヴラディ王の前に立った時でも、ここまでのプレッシャーは感じたことなかったのに)

「少し考えさせてください!」
気圧され、思わず仲間になりますと頷きそうになったが、急いでそう言うとディルはフィリップの視線を避けるように目を逸らした。 いくら命を助けてくれたとはいえ、紅の狼は人から物を奪い取る罪人である。 イルザスの末王子と呼ばれるディルには、簡単にうなずくことはできなかった。
しかしもう、王子という身分を剥奪され、守るべき民も国も、父であるヴラディ王に取り上げられたディルには何も残っていない。 だから、このままフィリップの元で盗賊団に身を置くのも悪くないのかも知れない。 少しだけ、そう思っていたのもまた事実であった。

「いいけど、あまり時間はあげられないよ。考えすぎて断られると困るからね」
「なんで・・・・・・オレ?」
ほかにも団員はたくさんいるはずである。現にこの船にだって30人くらいの人間が乗っていた。
(なのに、どうしてオレに断られると困るなんてこの人は言うのだろうか?)
身分を剥奪されたとはいえ、元はイルザスの王子である自分がいることによって紅の狼にメリットがあったりするのだろうか?
ディルはフィリップの意図を図りかね、思わず聞き返した。 しかし彼は相変わらずの微笑をディルに返すだけで、その説明をする気はないようだった。


10/09/23


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