すべては、あなたのために・・・・・・

   第2章 ミステリアスアイズ   ー2ー

どこまでも続く殺風景な砂漠の中を馬車は西へと移動していた。 ひと目で護送用と分かるそれは黒く塗られた質素なもので、四角く切り取られた窓には格子がはまっていた。 馬車の中には手足を縛られ転がされた黒髪の男が一人。
もう何日も食べ物を与えられず、ここまでわずかな水だけで命をつないできたその顔には、かつての精悍な面影はなく疲労の色を隠せなかった。 なぜこんな所で罪人のように扱われなければならないのか。 一番そう思っているのは、この男──数ヶ月前までイルザスの末王子と呼ばれていたディルバルト自身であろうのに、 どんなに不当に扱われても彼は声を上げることさえしなかった。

あの日、双翼の城に呼ばれたディルの前で玉座に座るヴラディ王は、冷たく息子を糾弾しはじめた。 そしていつものように黒いフードをかぶったイリューシャが遅れて現れると、わざとゆっくり焦らすように王は言った。
「そなた、勝手にムントへ兵を動かしたそうだな?」
「・・・・・・は?」
「とぼけるでない。お前が自らを過信してカントに攻め入り、キサズまで攻略しようとしたことは調べがついておる」
そう言ってしたり顔で自分を見下ろす父に、ディルは唖然として言い返した。

「何をおっしゃいます! それは陛下が・・・・・・」
「わしが? わしがなんだと言うのだ? 申してみよ」
しかし、有無を言わさず遮られディルはそれ以上言えなくなった。
「よいか。お前が独断でムントを攻めたことについて、あちらから抗議が来ておる。もしお前が勝利しておったならこうはならなかったが・・・・・・」
負けてしまったのだから庇いようがない。と、ブラディ王は恩着せがましく言外にそうにじませた。
「それにな、サマーリィもお前に手を貸したという報告が来ておるのじゃが・・・・・・。 王族の者2人が関わっていたとなると、イルザスからもムントに対しそれ相応の侘びをせねばならん。 しかし、もしお前が全ての罪を認めた上で罰を受けると言うなら、サマーリィだけは許してやらんこともない。どうじゃ?」

ディルはそう語るヴラディ王を信じられない面持ちで見つめた。
(オレは嵌められたのだ)
そう理解するのに、時間はかからなかったがそれでも信じたくなかった。 今回のことは全て、ヴラディ王の命令でやったことであったはずなのに、それが全ていつの間にか独断でやったことになっている。
(薄々、王がオレを疎んじていることは分かっていた。だけどここまでするとは。甘く見ていたオレのミスだ)
舌打ちしたい気持ちを隠し、真っ先に想ったのは姉のことだった。
(父の不興を買うのを知っていながらオレに手助けしてくれた姉だけは助けなければ)
ディルにはヴラディ王の取引に応じる以外、選択肢が残されていなかった。

「・・・・・・分かりました。その罪、全てこのディルバルトが引き受けます。その代わり姉上には・・・・・・」
「よかろう。承知した」
満足そうにふんぞり返るヴラディ王に対して、ディルはそう言うしかなかった。
「お前の王族としての身分を剥奪の上、ムントへその身柄を送ることにする。一度は運良く逃げおおせたが、二度目はないものと思え。以上だ。連れて行け」
王がそう言った言葉はもう、ディルの耳にはほとんど入ってこなかった。 跪くディルは衛兵に縄で縛られながら、最後に王へもう一度視線をやった。

(父はもうオレを息子として愛してくれていないのだろうか?  罠に嵌め、追い落とすように敵国に差し出すなんて真似、以前の父であったなら決してするはずがないのに・・・・・・)
「陛下──」
しかし思い直してほしくて開いた口は、それ以上の言葉を紡ぐことはなかった。
なぜなら気づいてしまったからだ。 父の顔が、ふと安心したように緩むのに。
ディルはその時初めて、父がなぜ自分を疎んじていたかを理解した。

──王は恐れていたのだ。

ヴラディ王の安堵した顔を見たディルは、悔しさで歪みそうになった顔を隠すために俯いた。 何度も無理難題を押し付けられ、それでも今までディルはヴラディ王を敬愛していた。

長い間の内戦で疲弊した国を立て直したのは、賢王、英雄王と呼ばれる父だからこそできたことだ。 その内戦の平定のため、兵を指揮したのは当時まだ13歳のディルだったが、 それでもここまで国が平和を取り戻したのは父の治世のおかげだと思っていた。
(オレはその手伝いができたのを誇りに思っていたのに・・・・・・)

思えば当時からヴラディ王の後継者は末王子であるディルバルトがいいだろうという噂があることは知っていた。 あのころは何かあるたびに王の側近たちは上の2人の王子を差し置いて、末王子であるディルの味方をしてくれた。 それが必要以上にヴラディ王の警戒心を煽ることになるとは、思わなかった。
(既にあの時には、オレはヴラディ王に恐れられてたってわけか。別に王位をおびやかす気なんて全然なかったのに)
王の気持ちに気づく事ができなかった自分が情けなく、悔しかった。 そして、自分のことを少しも信用してくれてなかった王に対して失望した。 大声を上げて叫び、全てを忘れてしまいたいくらい気持ちが混乱し、そして深い谷底に落とされたような気分になった。

しかしそんな感情が全て収まってしまうと、ディルは気づいてしまった。
(もうオレに何にもない。守りたいものも、国も、人も)
生きる意味が分からなくなったディルは、牢の中でも馬車の中でも感情をなくした人形のように、ただ床にその身を横たえた。 身じろぎすらすることなく、まるで命が尽きるのを待っているかのように。

ガタン。
急に、馬車が一回大きくかしぐと止まった。 まだムントに着くには早すぎる。そう思ったディルは少しだけ頭を起こした。 周囲で剣を交える音が聞こえる気がする。
(もしかしてオレの、翡翠騎士団が助けに来たのか?)

イルザス人の瞳の色からその名を付けた翡翠騎士団は、ディルがバルディアの領主へと任じられた後、独自に作り鍛え上げた者たちだった。 そのためヴラディ王よりもディルに重きをおき、ディルのために時おり暴走することもよくあった。 しかし彼らは、ディルがもっとも信用する者たちでもあった。
だからこそ、バルディアを通る北のルートではなく、南の砂漠を走るこのルートが選ばれたのだ。 彼らがディルを助けようとするのを警戒して。
今ごろ、騎士団にはディルの代わりとなる新しい上司が派遣され、忙しく動き回っているだろう。 こんな所に助けに来る暇などないほどに。
ならば、誰なのだ?

そんなことを考えているうちに外の争いは治まったのか静かになった。 しかし手足を縛られた状態のディルにはそれを確かめるすべはなかった。
ただ、起こした上体からわずかに首を動かし見える窓の外に、青い空とそこを飛ぶコンドルのような鳥の姿が見えるだけだった。 が、前触れもなしに乱暴に開けられたドアから、いきなり男が一人入ってきたことによっていきなりその視界は広まった。
男がディルの手足を縛る縄を切って開放し、馬車の外に連れ出したからである。 けれど同時に、騎士団が助けに来たのかという考えは、周りを取り囲む男たちによって改めさせられた。

全員が銀髪に浅黒い肌。いわゆる砂漠の民だったのである。 そして、目の前には砂船。その船に掲げられたのは黒地に紅い双頭の狼。
(紅の狼、か。しかしなぜただの盗賊団がオレの護送を狙う?)
略奪するものなど何も積んでないということが遠くからでもよく分かる、護送用の馬車を狙う意図が分からない。 ディルは眉間に皺を寄せ、視線をほかへ巡らせた。 するとディルをムントに送る護送の任に就いていた兵士たちが、後ろ手に縛られ一列に並んだ状態で跪いているのが見えた。
(まさか、紅の狼がオレを助けに来たとでもいうのか?)
信じられずこれから何が行われるのかと辺りを伺った。

縄を解いてくれたからとはいえ、彼らはならず者の盗賊団だ。 ディルには、そんな彼らが無条件に助けてくれるとは到底思えなかったのである。 けれど注意深く彼らを観察すると、それがただの盗賊団なんてぬるいものではないことが分かった。
まるで、よく訓練された兵団のような隙のない動き、しなやかで鍛えられた体つき。 次の瞬間彼らの視線がいっせいに砂船に向けられると、そこからはなんとフィリップとともに一人の少女が降りてきた。

少女は風に舞う銀灰の髪、前を見据えた青銀の瞳をしていたが、なぜかそれが誰なのかディルにはすぐ分かった。
いつもは女の顔など興味もなく、すぐに忘れてしまうにもかかわらず。


10/09/19


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