すべては、あなたのために・・・・・・

   第2章 ミステリアスアイズ   ー1ー

双翼の城に入った途端、ディルは奇妙な違和感を覚えた。 刺すような冷たい視線を感じ、ブルリとからだを震わすと周囲を見回した。
(いつもと変わりはない・・・・・・か)
本来なら、大幅に数を減らした兵の補強をしなければならないのに、なぜ父王ヴラディは召喚状を送りつけてきたのか・・・・・・。 その理由を考えると、ディルはため息を吐いた。

この前の戦争でカントを放棄したディルは、なんとかバルディアへと帰る事ができた。 しかし被害は甚大で兵の大半をなくし、それを立て直すのにはどれくらい時間がかかるだろうと考えていた。 そんなとき、ヴラディ王から書簡を受け取ったのだった。
(しばらくはどことも戦はしたくないな)
そう思いながら恐る恐るそれを見ると、そこには短く──至急登城するように──と書かれてあったのだ。

それから10日、ディルの身は王都ヴラディアにあった。 ヴラディアの中央に建つ城、通称『双翼の城』は白い鳥が両翼を広げたような左右対称の外観からその名が付けられた。 ここはかつてディルがまだ幼いころ暮らし、遊んだ懐かしい場所のはずだった。 しかし、今回はその懐かしい雰囲気が一切なく、なんとなく落ち着かなかった。
(なにか、変わったのだろうか?)
いや。城の調度品に目をやるが、記憶の中のものと配置に違いは見られない。

けれども明らかにどこかおかしい。 首を捻ってみたが結局、その違和感の正体に気づくことなく王の間の重い扉を開けた。
「ディルバルト、参りました」
重苦しい空気に気圧されながらも名を告げると、中からは低い声が聞こえた。
「入れ」
「はっ」
父のものと思われるその声に従い、軍靴のカツカツという音を響かせながらディルは中央まで進んだ。 ヴラディ王は一段高い位置に据えた玉座に腰を下ろし、王の前には左右に重鎮たちが並んでいた。

「陛下、お久しぶりでございます」
玉座に向かって恭しく膝を付いたままディルは口を開いた。
「・・・・・・うむ」
わざとゆっくりと、こちらを伺うようなヴラディ王の視線にディルはゴクリと喉を鳴らしそうになった。

父であるヴラディ王の前に姿を見せるのは、数えるほどしかなくそのたびにディルは言い知れない緊張を強いられるのだった。
(クソッ、今度はどんな難題を出す気なんだ)
イリューシャが現れてから、2人の間にはもはや親子の情なんてものは存在しなかった。 ディルは内心で舌打ちをしながら、ゆっくりと顔をあげた。 薄笑いを浮かべながらその様子を見下ろしていたヴラディ王は焦らすようにおもむろに切り出した。



暗い部屋の中、鏡に映る自分に向かって彼女はぶつぶつと呟いていた。 その容姿は浅黒い肌に銀髪。──砂漠の民、そう呼ばれる者に多い色彩を持っていた。
(私はイリューシャ。あの人は否定するけど、私にはそう呼ばれるに相応しい力がある)
女は鏡に映る銀の髪を櫛で丁寧に梳かした。まるでその銀の髪だけが自分のすべてであるかのように。

砂漠の民にとって『イリューシャ』は予言の力を持つ者に代々与えられる称号。 イリューシャの継承には私情をはさんではならない。 一番強い力を持つ者を次代として選ばねばならない。 それが彼らの掟であることは、砂漠に生きる者なら誰でも知っている。 しかし先代のイリューシャは、本来ならばフローフルが継承するはずだったその力を自らの孫娘へ継承させた。 それも、たった一人の身内であった孫娘の恋を叶えるために。

しかしそれは何代にも渡って掟を守ってきた砂漠の民には到底受け入れられるものではなかった。
(お婆さまは私を選んだんだから。フローフルなんかより、私のほうが予言者の力はあるはずなのよ)
力を得た彼女は何度もそう訴えたが、当然、誰もそれを認めようとしなかった。

それでも、砂漠の民にとってイリューシャの力と名は絶対だ。 そう思った彼女は祖母にもらったイリューシャの力を過信した。
──いくら疎まれても、この力がある限り彼らは私に従わざるを得ない、と。

彼女がそこまでしてイリューシャの名と力にこだわったのには理由があった。 恋する者の隣にいたかったから、という理由が。 言い換えれば、その男の隣に立つためには、イリューシャの名がどうしても必要だった。
(あの人だっていつかは分かってくれる。そして私をそばに置いてくれる)
彼女は周りから冷たい目で見られても、自分にそう言い聞かせた。

しかし、いくら彼女が主張しても誰もその言葉を聞こうとしなかったし、男は振り向いてさえくれなかった。 なぜならその男──カミューラ──は既にフローフルから継承に関する、コトの真相を聞いてたのだから。 そして、『妹』についての話も聞いた後だった。
彼女は次第に周囲から孤立していった。 そして・・・・・・強すぎる恋心は思わぬ嫉妬をよんだ。
(フローフルさえいなければ、あの人は私に気づいてくれる)

彼女はこっそりと誰にも知られないようにサマーティアに行った。 そして、イリューシャの力を使い、フローフルがサマーティアからムントに輿入れする王女の侍女になるように仕向けたのだった。 しかしそれはすぐに発覚した。
(あの人はどうして私がそれをやったって分かったんだろう? 誰も見ていなかったはずなのに)
彼女は不思議に思った。 そして、フローフルをカミュールの傍から追いやることには成功したが、彼女はカミュールの激しい怒りに怯えた。

カミューラの怒りは消えることなく、砂漠の民はフローフルが亡くなった後も決して彼女をイリューシャとして迎える事をしなかった。
(どうして分かってくれないの? 私こそがイリューシャに相応しいのに。あの人の隣に立つのは私であるはずなのに)
彼女は嘆き、そして・・・・・・恋心は強い殺意へと変化した。
(許せない、許せない、許せない)

(私がこんなに愛しているのに、どうしてあの人は分かってくれないんだろう)

(もういらない。あの人なんていらない)

一度思ってしまえば堕ちていくのは速かった。
強い憎悪を抱えた彼女は一人、砂漠を出てイルザスに向かった。 そしてイリューシャの力でヴラディ王の心の闇を刺激して、彼女は王の養女に納まった。 彼女が祖母から継承した力は、人の心を操るものだったためヴラディ王は簡単にそれに嵌ったのだった。

(このままイルザス王国の全ての力を奪い取り、私はあの人に復讐する)
「ふっ、ふふ、あははは・・・・・・」
突然、部屋の中に甲高い笑い声が響き渡った。

「私こそがイリューシャなのよ」
憎らしげに鏡に向かって言い放つと、彼女は部屋を後にした。


10/09/12


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