無限の太陽、永劫の月

   真実は白き誓いの影



「はあ? 充填・・・・・・」
あまりにも場違いなほどの爽やかな口調に、思わず私は問い返した。
「うん、ありがとうね。これでやっと──」
眼帯男はしなやかな動きでこちらに近づきながらしゃべり続ける。
ブランシュが私を背にかばった。
「──力を取り戻せたよ」
低い声で言うと、目を見開いた。
それだけで私たちは男の放つ魔力によって、後ろの壁に叩きつけられた。
「う・・・・・・」

とっさにブランシュが庇ってくれたことで衝撃はそれほどではなかったけれどそれでも痛い。
だけど眼帯男はそれにかまわずに私の前までやってくると、ゆっくりとしゃがんだ。
「お礼に、君が忘れてしまった僕の名前をもう一度教えてあげる。こんなことは特別だよ」
あごを掴まれ、強引に上を向かされる。
ぎょろり、と男の片方しかない目が・・・・・・いや、もう片方にも目があった。
眼帯を取ったその奥には・・・・・・隠されて分からなかったけれど、その目の奥には・・・・・・引き込まれそうな深い深い闇が炎のようにチロチロと燻っていた。

「姫!」
──はっ。
私は・・・・・・今何をしようとしてたかしら?
ブランシュの声が聞こえる直前に・・・・・・。
そう思ったとき、舌打ちの音と、続いて男が立ち上がるのを感じた。

「ルエリだよ。僕はルエリ。思い出した?」
彼はいまだにぼぅっとしている私の腕をひっぱりあげて、立たせた。
それから貴族がする挨拶のように、手の甲に唇をあてた。
「ああー!」
その動作で思い出した。
「そうよ。蜘蛛男だわ!」
確か、こっちの世界に来て一番最初に出合った男。
墓の中から出てきた、バルザールの王子。
契約違反の罰金代わりに、片方の目をヘルに奪い取られたんだっ・・・・・・け?

「そんな事まで思い出さなくてもよかったのに。ひどいな」
ぜんぜん傷ついた様子も見せず、ルエリは面白そうに私を見た。
「ちょっと! さっきの黒いのはなんなのよ。それにどうして目がちゃんとあるの?」
眼帯男が誰だったのか思い出した私は、さっき吹き飛ばされたことを忘れて彼に詰め寄った。
その瞬間、ものすごい勢いでブランシュに引き剥がされた。
なんだかブランシュ・・・・・・震えてる?

ブランシュは私をリオに預けて、私たちをルエリから庇うように間に立った。
「へえ。さすがブランシュの名を受け継いだだけある。命をかけてもそれを守るんだぁ」
ルエリは面白そうにブランシュを見た。
だけど私には、なんでブランシュがルエリに対してこんなに怯えているのか、さっぱり分からない。
「ブランシュ?」
「いいか? 俺があいつを止めるからその間に逃げるんだ。リオ、後のことは任せたぞ?」
ブランシュはさっき拾ったダイヤを私から奪い取ると、リオに目配せした。
「なにを、何を言っているの?」

リオの腕に抱かれた私は、それでも説明をして欲しくてブランシュに言いつのる。
だけどブランシュには説明なんてする気は全くないみたいで・・・・・・。
でも、リオはブランシュから何かを聞いているんだわ!
だってブランシュのいうことを大人しく聞き入れて、私と一緒にこの場から逃げようとしているのだもの。
「待って。待ってよ!」
確かに、確かに私は腕力も弱いし体も小さい。だから抵抗する私を無理やりにでも外に逃がすことくらい簡単だ。 だけどだからってこんなの聞き入れられるはずがない。
「聞き分けてくれ! 俺だって、俺だって辛いんだ。だけど今は君を守る事が一番大事なんだ」
リオはそう言ってこの場から去ろうとするけれど、私だって、私だってブランシュが大事なんだよ?
だけど・・・・・・辛そうに顔を歪めながら、私のために辛い選択をしようとしてるリオを見たら、普通の女の子ならば抵抗なんてできないだろう。

──そう、普通の女の子なら、ね。

だけど私はどんなときでも、やれることをやらずに逃げ出すことなんてできないのよ。
たとえ、それが大事な誰かの頼みであっても、そのために他の人を犠牲にして逃げるようなこと、できるわけないよ。
だから──。

「え──? うそ、でしょ」

絶対に、逃げるんならブランシュも一緒!
リオの手から逃れ、振り返った瞬間だった。
頬に生暖かいものが飛んできて、目を閉じた。
そして、もう一度開いたとき・・・・・・ブランシュは倒れていた。
ちょうどおなかのところで、二つに裂けて横たわるブランシュの体。
それは昨日私が流した物なんかとは比べ物にならないような、大量の血の中にあった。

「いや、いやだ!」
走り寄ろうとする私の前に、それを遮るように聖剣ブランシュが鞘に納まったまま落ちてきた。
とっさに腕を伸ばしてそれを受け止めた私は、今度はリオに抱き上げられた。
「離して!」
「ダメだ!」
今ならまだ、間に合うかも知れない。私の魔法ならブランシュを助けられるかも知れない。
そう思うのに、リオは私を離そうとしない。

「あーあ。せっかく新しくしたばっかりだったのに、部屋が汚れちゃった」
まだ生きてる! 私はそう思いたいのに、ルエリはまるで肉の塊を見るかのような無感情な目でブランシュを見つめると、あろうことかその足で彼の体を蹴った。
「ルエリー!」
許さない。許さない!
私の、私の大事な騎士を、いつもついて来てくれた従者を、暖かく見守ってくれた兄を。
「よくも、よくも」

虚空に手を伸ばし、ルルロッドを出す。
ルエリがどんな存在なのかなんて、知らない。
ブランシュがあっさりと負けたほどの相手だから、私に勝てるかどうかさえ分からない。
ただ、目の前の男に一矢報いたい。それだけ。
怒りに呼応するかのように、体につけていたすべてのアクセサリーが音もなく砂のように崩れ、私の魔力は開放された。
急速に溢れ出すその力が風となり、リオの腕は私の体から離れていった。
自由になった私はルルロッドを回転させ、今まで一度だって成功したことのない魔法陣を起動させた。
それがどんな結果を及ぼすのかなんて、そのときの私にはどうでもよかった。


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11/05/22
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