すべては、あなたのために・・・・・・

   序章 ー2ー

エリーズの会社は特にワンマン経営だったわけではない。
ただ、人との信頼関係によって伸びてきた会社だった。
それがエリーズが亡くなった途端裏切られ、落とし入れられ、業績不振になってしまったのだ。

エリーズには神が憑いていた。
それが彼女の死によって失われたのだ。
人々は無責任にそのような噂をするようになっていた。
そして、実際エリーズの口からそういった話を聞いたことのある者は一人や二人ではなかったという。
とにかく、そんなエリーズが亡くなるまではファンは使用人の姿をしてはいても秘書のようにほとんど エリーズに付き添っていたのだが、彼女が亡くなった後はただの使用人として扱われる事となった。

召喚された当時の事を考えると本当に嫌になる。
「女神の娘と一緒に来た、メガネ女はなんだ?」
一番上の王子ラパフェルにそう言われ、
「そんな女いらん。どこかに捨てて来い」 と2番目の王子アレイサーに睨まれ、
「とりあえずお前、早く出て行け」 そう言って3番目の王子ドナシューに部屋から追い出されたのだから。
いくらアルトリカのおまけであるとはいえ、自分たちで召喚しておいて勝手なものである。

そんな右も左も分からないファンに仕事をくれたのは、5つ年上の美しい女性サマーリィだった。
彼女は城で働く下女にしては上品な女性であった。
そうしてファンはこのムント国の王城で洗濯女としての仕事にありついたのである。

「それにしても300年前か・・・・・・」
ファンは午後の仕事を全て終え、城の庭を歩きながら思いを馳せた。
300年前といえばまだイルザスが国として存在していたころだ。
軍神と呼ばれた最後の王ヴラディ・イルザスが即位したのは、ちょうどファンが間違って召喚された、去年のことだったらしい。
この後ムント国と、イルザスの関係は急速に悪化していき・・・・・・ヴラディ王は暗殺される。
そうしてイルザス国の歴史は幕を閉じる。

あの時、ヴラディ王が暗殺されなかったら、イルザス人は酷い迫害を受ける事もなかっただろう。
イルザス人であるファンでも、エリーズの養女になっていたかもしれないのに。
エリーズがファンを養女にしたいと言った時、彼女の親類はみんな反対したのだ。
ファンがイルザス人であるという、それだけで。
いや、そもそもファンの両親が殺される事もなかったのかも知れない。

ヴラディ王が討たれ、戦争に負けたイルザスの歴史は酷いものだった。
つい30年前までその身分はムント人と明確に分けられ、イルザス人というだけで蔑まれていた。
それが変わったのは、ファンの祖父母、そして両親の働きに他ならない。
しかしそのせいで彼らはまだ幼いファンを残し、亡くなってしまったのである。

──300年前のあの時、ヴラディ王が暗殺なんかされなかったら・・・・・・。
それはイルザス人であったら誰もが一度は思うことで、ファンもその例外ではなかった。
300年前のこの世界でヴラディ王の暗殺を阻止すれば、何かが変わるのかもしれない。
しかしファンは即座にその考えを打ち消した。

そんな事を考えてはダメだ。
歴史が変わってしまうのだから。
そんな事をしたら、もう2度と元の世界に戻ることは出来なくなるだろう。
特に執着がある世界ではないのだけれど・・・・・・。
それでも、その思いがファンを押しとどめていた。

あの日、その光を見るまでは。

10/03/05


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