すべては、あなたのために・・・・・・

   第1章 シークレットアイズ   ー3ー

女は男を振り返ることなく、迷いもなく森を駆けて行く。
ディルはただ、それを追いかけた。
助かるためには、彼女について行くしかないのだ。
しかし──。
「ちょっと待て。ここに入るつもりなのか?」

女の後ろを無我夢中で走る一向だったが、彼女が何の迷いもなくそこへ入っていこうとするのに気づき、ディルはその腕を振り払った。
「何?」
女は追ってが気になるのか、ディルの肩越しに来た方向に目を走らせた。
「早くしないとあいつらに捕まっちゃうわ」

頭からかぶっていたフードを取り去りながら、あせった声でディルを睨みつけた。
その女の顔を見て、ディルは眉を顰めた。
(まだ、子どもじゃないか・・・・・・。しかも、何のとりえもなさそうな、普通の)
こんな少女に手を引かれて、俺は奴らから逃げてきたのか・・・・・・。
ディルは明らかに失望した表情を浮かべ、少女を見た。

彼女の姿を見て、分かってしまったのだ。
少女の、ただの気まぐれで自分たちが助けられたのだということを。
そして、単なる思い付きだけでここへ入って行こうとしているのだということを。
何の策もなく・・・・・・。

その時、最後尾をついて来ていた女が、少女の月明かりに照らされた顔を見て息を呑んだ。
「知り合いか?」
「ええ。城の・・・・・・」
その言葉を聞いて、ディルは確信した。
この少女は、目の前の男を誰なのか知らず、追っている相手が誰なのかも分からず、無謀にも飛び込んできたのだと。

「チビメガネ、何をしに来た? 自分が何をしたのか、分かっているのか」
ディルは少女を見つめた。
しかし、あからさまに失望した表情で自分を見つめるディルの態度を予想していたのだろう。
少女はその言葉に鼻で笑って返すと、言った。
「それがこれから助けてもらう者に言う言葉なの?」
高飛車に言い返したそれと、「確かにチビだしメガネもかけてるけど・・・・・・」 とぶつぶつと呟き口をとんがらせたその態度のギャップにディルは思わず吹き出した。

「ぶっははは・・・・・・。お前、面白い女だな。早く城へ帰れ。
今ならまだ、俺を助けたのがお前だと誰も気づいていないだろう。
ばれる前に帰るんだ」
「いいけど、あなたたちだけで逃げ切れるの?」
「ああ。この森を抜けて、町で追っ手をやり過ごしたあと国境を越える。
ヤツラは俺たちがすぐに遠くに行くと思うだろうからしばらく町で身を隠し──」
「無駄よ。明日には町に手配書が回るわ。あなたたち3人の人相書きと一緒にね。
町に入った途端、一般人に捕まって役人に引き渡されるだけよ」

まるで見てきたかのように確信を持って語る少女に、ディルは目を見張った。
平凡な、普通の少女じゃないか。目の前に立っているのは。
取り立てて特筆することのなさそうな・・・・・・。
それなのに、彼女のいうことが正しいような気がするから不思議だ。
自分たちの立てた計画を誰にも話してなどいないのに。
そして、それを見越してアレイサーが手を打つことだって、現時点では誰にも予想はつかないはずなのに。

「ディル様、その少女から離れてください。私たちのことも、アレイサーのことも知りすぎている」
アラントが体の位置をディルと交換するように、彼と少女の間に立った。
もちろん、手には抜き身の剣を携えて。
「お前は何者だ」
不信感を募らせたその目で、少女を睨みつけ喉元に剣を押し当てた。


10/03/13


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