すべては、あなたのために・・・・・・

   第1章 シークレットアイズ   ー5ー

「せっかく逃げたのに残念だったな、ディルバルト殿」
アレイサーは美しい金髪をかき上げながら、馬鹿にした口調で続けた。
「私の目をかいくぐりこの森から抜けることができると、本気で思っていたのか?」
言うと口の端を上げニヤリと笑みを浮かべ、目の前にいるディルバルトと彼を助けようとした者たち一人一人に目をやった。
そして、ファンに目をとめた瞬間、笑い声を上げた。

「まさかお前までいたとはな」
彼にとってファンなど人も数にも入らぬほど小さな存在だ。
なぜなら彼女は、自分たちが召喚した女神の娘アルトリカの、単なるおまけなのだから。
そんな者の助けすらこの王子には必要なのかと思うと可笑しくてたまらない。

「大人しく投降すればよし。そうでなければ……」
自分の絶対的優位を信じて疑わないアレイサーは微笑すら浮かべ、一歩ずつファンたちのほうへ近づいていった。
そのときだった。ファンが彼らに向かって洞窟に入るよう言ったのは。

「しかしここは……」
後ろにぽっかりあく暗い入り口に目をやり、ディルバルトは躊躇いの色を見せた。
それが当然の反応だ。
この時のアレイサーはそう思った。
「その洞窟に入る気か?」
アレイサーはファンの言葉に心底からバカにした口調で嘲笑った。

なぜならこの洞窟に入った者は二度と出てくることがないからだ。
どんなに方向感覚の鋭い人間でも、この洞窟に入ると必ず迷うという。
通称、還らずの洞窟。
いつしかここはそう呼ばれ、あの世に通じているとも、魔が棲んでいるとも言われている。

「ああ、お前は知らんのか。アルトリカとともにこの国に来たのだからな」
目の前に追い詰めた者たちに逃げられるなんてこれっぽっちも思っていないアレイサーは饒舌だった。
しかしファンは無表情でそれを見つめながら再度言った。
「入って!」
そうして力いっぱいディルバルトを洞窟に向かって押した。

しかしディルバルトだって、大の男である。
いくら力いっぱいとはいえ、少女に押されたくらいでびくとも動くはずはない。
これ以上ここで睨み合っていても仕方がない。
アレイサーは回りの兵士にディルバルトを捉えるよう視線を送った。
このとき、高をくくっていたのだ。
いくら逃げ道がないからといって、こんな少女の口車に乗せられてディルバルトが洞窟に入るはずはないと。

だが、彼の考えはすぐさま裏切られた。
なぜならディルバルトは洞窟に向かって駆け出したからだ。
不安げな視線を一瞬ファンに向けながら、それでも洞窟の中に。

「追え!」
驚いて、しばらく彼らの動きを見つめていたアレイサーはそれでも一番最初に我を取り戻し叫んだ。
しかし兵たちは動かなかった。
なぜならここは還らずの洞窟。一歩でも入ってしまえば自分の身がどうなるか……。
「奥に行かれてしまう前に捕まえるのだ!」
アレイサーは舌打ちし、イライラしながらもう一度言った。
その怒号に促されるように、兵たちは遅ればせながら恐る恐る洞窟へと入ろうとした。

しかし、それはもう遅かったのだ。
洞窟に入りきったところで、ファンが立ち止まり振り返った。
一瞬、アレイサーには洞窟の中からファンが何かを投げつけるのが見えた。
その途端である。爆発音が聞こえ、土ぼこりで目の前が何も見えなくなったのは。
「うう……」
とっさのことに兵たちは自分の頭を庇うかのようにしゃがみ込み、腕を頭に回した。

そうして暫くして彼らが目を開けたときには洞窟の入り口は崩れ去り、4人の姿はどこにもいなくなっていた。


10/05/10


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