「こうなることは分かっていたが・・・・・・やはり迷ったな」
「え?」
ディルの呟きにファンは首をかしげた。
「お前、ここがどの辺だか分かるか? ただ闇雲に歩いているだけだろう。俺はここがどの辺りかさっぱりわからん」
あの場で捕らえられて処刑されるくらいなら、洞窟でさまよって死んだってたいして変わらん。
そう言ってさっぱりとした表情を見せるディバにファンは呆れた。
何の保証もなくファンはこの洞窟に入ったわけではない。
責任を持ってここから外に導くつもりで歩いているのだ。
それなのに、彼はファンがこの洞窟の中を案内できるなんて全く思っていなかったらしい。
それでもついて来たディルに呆れた。
ここに来るまで一度も道を確かめるために声をかけなかったのだから。
その豪胆さに、呆れて声も出ない。
そのままディルを見つめていたら、
「貴様、本当はここで王子を殺す気なのではあるまいな?」
アラントが声を荒げて剣を向けてきた。
「まあ、待て。どの道俺はあそこで死んでいた。
それよりも女、なぜあそこで出てきた?
俺と心中でもしたかったか?」
アラントに剣を下ろさせてから、興味深そうにファンを見るディルに顔をしかめた。
「私は死ぬつもりなんて全くないわ。もう少ししたらこの洞窟の中央に出る。そこで一旦休憩しましょ」
そう。ファンにはここがどこなのか分かっているのだから。
人と同じように、物にだって気配とか思いのようなモノがあるのだ。
ファンはそれを辿ってここまで来たのだ。だから、この先がどこに続いているのかも分かっていた。
「これは驚いた。お前、この洞窟は還らずだぞ? 迷ったりせんのか」
目を丸くしてディルは尋ねたが、ファンはそれには答えずに彼に向き直った。
「あのね、私は女とかお前とかって名前じゃないわ。さっき名乗ったわよね? もう忘れたの?」
「貴様! ディルバルト殿下に向かってなんて口を・・・・・・」
「よい。改めて聞こう。ファン、なぜ迷わぬ」
再び剣を向けようとしたアラントを制し、面白そうにディルは尋ねた。
「知っているからよ。小さい頃、ここで遊んでたの。こんなところ、ただの洞窟よ」
嘘である。
この時代、還らずと呼ばれたここは、300年経った後もなお、人の侵入を拒み続けている。
最新機器でさえこの洞窟では狂ってしまう。
「ただの洞窟か・・・・・・。たのもしい」
ディバはファンの答えの中に満足したのかその後、大人しく彼女のあとについて来た。
洞窟の中央は広くなっていて、湖のように静かに水を湛えていた。
ぴちょん、ぴちょんと音がするのは、ここが静寂に包まれた場所だからだろう。
「ここまでは兵も追って来れないだろうから、休みましょうか」
ファンはそういうと、適当なところに腰を下ろした。
──やってしまった・・・・・・。もう後戻りはできない。
目を閉じるとファンはしばらくその事実の重さに震えた。
歴史を変えてしまったのだ。
死ぬはずだった人物を、自分は・・・・・・。
これからのことを考えると怖くなる。だけどもう、進むしかないのだ。
この、強い光を守るために。
本来ならばディルは明日、死ぬことになっている。
その後、イルザスはそれを理由の報復活動と称して頻繁にムントの国境を脅かす。
そして1年後、ミルザとの国境沿いにあるムント最大の軍略都市カントを落としたことをかわきりに次々とムントの町を征圧していく。
だから国王ヴラディはイルザスでは軍神と呼ばれて今でも英雄のように思われている。
しかしムントでは残虐非道な征服王として知られている。
なぜなら・・・・・・カントで10万人、キサズで5万人、ウナシルで2万5千人。
兵士でもなんでもない、一般人や女子どもまでも容赦なく切って捨てたからだ。
そしてそれだけでは飽き足らず、廃墟と化した町に火をつけ、消し去っていった。
どうしてそこまでのことをしなければならなかったのか、それには諸説ある。
しかしそのことから、今でもムントではヴラディ王を蛇蝎のごとく嫌うものが多い。
そして、ウナシルからムント王国の王都へ向かう前日に、あっけなく暗殺されたのだ。
ヴラディ王が暗殺された後、ただ1人の彼の後継者は親戚から引き取ったという養女しかいなかった。
しかし彼女には国を治める力も、戦争をするだけの知略もなかった。
さらに和睦しようにも殺し過ぎていたのだ。
ヴラディ王がムントの人間を容赦なく殺し過ぎたため、ムントは和睦を聞き入れずイルザスは滅んだ。
そして、イルザスの民はムントの奴隷となったのだった。
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