すべては、あなたのために・・・・・・

   第1章 シークレットアイズ   ー8ー

「ファン、なぜ我らをを助ける?」
ふいにアラントが低い声で囁いた。
近くではサマーリィが水浴びをする音が聞こえるため、あまり大きな物音を立てると彼女に気づかれる恐れがあるからだ。
強く鋭い瞳に見据えられ、ファンは思わず目をそらした。

(力のことは言いたくない)

この力のためにディルの存在に気づき、この力のためにディルを助けようと思った。
しかしそれと同時に、この力は誰にも知られたくないと思った。
この力のことを知っている人間はみんな、不審な死をとげているのだから。

「聞けば女神の娘と呼ばれる者と一緒に召喚されたそうではないか。あの娘の手足となりディル殿下を監視するためか?」

うつむくファンにいっそう鋭さを増したアラントの質問は続く。
「やめなさい。ファンはあの娘、アルトリカとは、何の関係もないわ」
「姫殿下」
「サマーリィ」
いつの間に着替えたのか、気づくと水浴びを追えた彼女がぬれた髪をしぼりながら近づいてきた。

「ごめんなさいね。アラントが不愉快な思いをさせて」
申し訳なさそうにうっすらと笑みを浮かべる彼女は、そう思って見ればたしかにディルとよく似ている。
「ディル様と姉弟、だったんですか?」
びっくりして目を丸くしたファンにサマーリィは頷く。

「私はね、1年前にムントへ人質として差し出されたのよ。
だけど王の夜伽の相手を拒んだから、使用人に落とされたの」
「そうなんですか」
同情するでもなく彼女の説明を聞き流すファンの様子に、幾分ほっとした笑みを浮かべ、サマーリィは話を続ける。
その間に地底湖を見て回っていたディルも帰ってきて、はす向かいの岩に適当に腰を下ろした。

「ファン、この後どうする気? 私たちはイルザスの父王の元へ帰るけれど、あなたはここを出たら私たちと分かれていいのよ」
「分かれる・・・・・・?」
助け出した後のことなんか考えていなかったファンは彼女の言葉に首をかしげた。
このまま一緒には行けないのだろうか、と。
「そうだな。俺は城に戻ってもまたすぐにムントとの戦いに駆り出される。
せっかく助かった命だ。お前は俺たちと分かれて平民として町で暮らしたほうがいいんじゃないか?」

(え?)
当然のように着いていこうと思っていたディルにまで、そう言われてファンは頭が真っ白になった。
しかし彼の言葉の裏にある意味を悟ると頷いた。
「助けてもらったことは感謝している。しかしお前を戦場に連れて行くわけにはいかん。かといって城において置くこともできないだろう」
「そう・・・・・・ね」

建前はファンの命を守るため。けれど気づいた。
何の力もない娘など、ディルにとっては足手まとい以外の何物でもないということを。
ファンは彼を助けると決めた自分の無力さに、改めて気がつかされた。
今の自分では何もできないのだ。彼のために。

その後洞窟の中を丸3日歩き続けた彼らはやっとイルザス王国の南端へ到着した。
洞窟の中では太陽がないため、ファン以外の3人は夜なのか昼なのか、まったく分からなかった。
そのため休憩や睡眠などのペース配分は全てファンが決めた。
3人はなぜ彼女には時間が分かるのだろうかと不思議に思ったが、洞窟に詳しいと言ったのはファンだ。
きっと彼女にしか分からない方法で時間を計っているのだろうと無理やり納得し、やっとここまでたどり着いた。

「サマーティアか・・・・・・」
「こんなところに出るとはな」
アラントとディルは洞窟から出ると、近くにそびえる城門を見て言った。
300年後、ファンの時代にはすっかり砂漠に埋もれたこの町、サマーティアもこの時代には存在していたのだ。
知識では知っていたファンだが、実際にその町を見るまで信じられなかったそれを目の当たりにし、感慨深げにため息を吐いた。

「見ろ。ここは呪われた泉ではないか」
自分たちが出てきた洞窟を振り返ると、ディルは面白そうに再度その暗がりをのぞきこむ。
しかしその彼をファンはいきなり引っ張りながら叫んだ。
「危ない! 早く離れて」

ファンの言葉をいぶかしみながらもその声に3人は慌てて走り出した。
そして洞窟から10メートルくらい離れた頃だった。
シャボーと勢いよく洞窟から熱湯が吹き出したのは。
「間欠泉か!」
ディルが振り返ると、先ほどまで彼のいた場所のすぐそばまで熱湯は吹き上がっていた。
おそらくその場にいたならば確実に大やけどを負っていただろう。

立ち昇る湯気を見ながらディルとサマーリィがほっと胸をなでおろしたその時、ファンはアラントによって押し倒されていた。
「貴様、殿下を亡き者にしようと謀ったな?」
アラントは引き抜いた剣を喉元に突きつけながら、押し殺した低い声を出す。
しかし冷たい目で見下ろされたファンは、それに答えない。
なぜならファンは丸3日、ここに来るまでの間一睡もしていなかったのだから。
すでに体力の限界だった。

押し倒された弾みで強く砂に全身を打ったファンはそのまま、闇の中に意識を沈めていた。
だから気づかなかった。
洞窟を出てからずっと、自分たちが見られていたということを。

その人物は砂原に浮かぶ船の上から、望遠鏡を使って彼らの様子を見ていた。
それから一瞬にやりと笑うと、船室に姿を消した。
「帰るぞ」
用事は終わったとばかりに、部下たちにそう指示した後で。


10/06/20


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