すべては、あなたのために・・・・・・

   第1章 シークレットアイズ   ー9ー

ガンガンとする頭の痛みで、ファンは目が覚めた。
からだが燃えるように熱い。そしてまぶたが重い。
喉がカラカラに渇いて朦朧とした意識の中で、手を伸ばす。
「み、みず・・・・・・」
やっとこさ出た声で囁くように求めると、冷たい手がファンの体を少しだけ起こして飲ませてくれた。

再び沈みそうになる意識を奮い起こし、なんとか目を開けて見てみると、そこには優しそうな女性の瞳があった。
まったく見知らぬ人物ではあったが、ファンはそれを確認した途端、少し微笑むとまたそのまま深い眠りに落ちていった。
瞬間、女性の口が微かに動いて何かを呟いたようだったが、ファンは気づかなかった。

次に目を覚ましたとき、そばには誰もいなかった。
まだ引かない熱のせいで節々が痛んだが、そっと身体を起こし周りを見た。
ムントの王城のような豪華さはないが、宿屋にしては上品な部屋。
広い部屋にはベッドがひとつ。
そして、よく見ると女の子が好きそうな家具や小物が並んでいた。

(ここはどこかしら)
首をひねって気がついた。
いつの間にかさらさらとした肌触りの寝巻きを着ていることに。
埃だらけだった身体も拭いてくれたのだろうか?
寝巻きに目をやってファンは驚いた。
それはアルトリカでさえ着たことがないほど、たくさんのリボンがついた少女趣味なものだった。

「なん・・・・・・?」
途中まででかかった言葉も止まるほどの衝撃に、思わず顔がひきつる。
(私の服はどこ?)
部屋を見回すがそれらしい物はない。

その時、静かにドアが開いた。
「あら、起きたの?」
品のよさそうな女性の嬉しそうな声が聞こえ、慌ててベッドの隅においてあったメガネをかけた。
「あの・・・・・・」

ディルたちをアレイサーの手から助け、帰らずの洞窟を抜け砂漠へと出たところまでは覚えている。
しかし、なぜこんな所にいるのか?
わけが分からずファンは女性を見つめた。
「私はアイリーン。夫はこのサマーティアで商売をしてるフィリップ・ショルトーというの。ここは私たちの家よ」
「アイリーン、さん」
噛みしめるようにゆっくりと呟くと、彼女は満足そうに頷き、ファンの額に手を伸ばした。

「まだ熱っぽいね」
そう言われてはっと思い出した。
(ディルたちはどうしたんだろう・・・・・・)
アイリーンなら知っているかもしれないと思い口を開いた。
しかし直接彼らの名前を出して行方を尋ねるのは躊躇われた。
相手はこの国の末王子なのだから。

「ん? どうしたの?」
言葉を待つアイリーンの瞳に見つめられ、ファンはさっと目をそらすと尋ねた。
「私の、連れは・・・・・・。わ、わたしはどうしてここにいるんでしょうか?」
もしかして連れがいたということも聞かないほうがいいかもしれない。ファンは咄嗟にアイリーンに詰め寄るように聞きなおしていた。

しかしアイリーンはファンのそんな心配をよそに、あっさりと彼らの消息を語った。
「ああ。姫殿下と王子殿下かしら? あのお2人なら、それぞれのお城にいらっしゃるわ」
アイリーンは窓から見えるサマーティアの城を指差して答えた。
「あなた、命の恩人だそうね? よくムントからお2人を救い出してくれたわ。ありがとう。
だけど町で暮らすあなたが、あのお2人と一緒にいるところを見られると、のちのちあなたに迷惑がかかると仰ってね。
それで、いつもご贔屓にしてくださってる姫殿下の頼みで、あなたはうちで面倒見ることになったのよ」
「そうだったんですか・・・・・・」

アイリーンの説明によれば、砂漠で倒れてしまった彼女を彼らはここまで連れて来てくれたらしい。
しかし、意識がないファンをおいたまますぐに城に帰ってしまったという。
彼らにとって自分は、目覚めるまで待つ、なんてことをするまでもないくらい小さな存在なのだ。
そう思ったファンはその事実に少し寂しさを感じつつも、申し訳なさそうにアイリーンを見上げた。
「すみません、お世話になってしまって。体調が良くなったらすぐに出て行きますので」

この町に知り合いがいるわけではない。
それでもサマーティアは比較的豊かな国だったはずだ。
少女1人くらい、生きていくために必要な職はあるだろう。
いつまでもこの家で厄介になっていることはできない。そう言ったらアイリーンは途端に寂しそうな顔をした。
「ねえ、ファン。私たち夫婦は1年前に娘を亡くしてね。もしよければ・・・・・・ここにずっといても構わないのよ。
この部屋だって、あなたのために用意した物なの」

ふくよかな身体でそっと抱きしめられ、ファンは気づいた。
その温かい腕にこもる力、その優しい瞳にうつる悲しみ。
まだ癒えていないのだと思った。娘を喪ったという、その心の傷が。
それに気づかない振りをしてファンはそっと頷いた。

「ありがとうございます。しばらく、よろしくお願いします」


10/06/28


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