すべては、あなたのために・・・・・・

   第1章 シークレットアイズ   ー10ー

 サマーティアはイルザスの南端にあり、その先は砂漠へと続いている。
北にはディバの治めるバルティア。そして、西にあるムントとの国境はこの2領によって守られている。
バルティアが前線部隊をおく兵士の町とするならば、サマーティアは物資の補給を兼ねた商業の町といえる。
ファンが引き取られたショルトー家はそんなサマーティアでも有力な商人の家であった。

ここで最初の一ヶ月ほどアイリーンについてさまざまな仕事を教え込まれ、ファンはそれをすぐに覚えた。
なぜなら基本は時代が変わっても同じ。
今は亡きエリーズ・オブライエンの右腕だったファンにとって、商家ショルトーでの仕事は、慣れるのにそう時間はいらなかった。
オブライエン家はファンのいた世界では屈指の財閥であり、扱うものは高価で本物。
その時の経験があったからこそ、ファンは苦もなくショルトーの仕事を覚えられた。
そして今では彼女1人で立派に商人としてサマーティア領主に向き合えるほどの知識を蓄えていた。

「ねえ、ファン。これなんだけど・・・・・・どう?」
美しい装飾のついた首飾りを侍女に私ながらサマーリィは首を傾げた。
ファンは少し顔を上げ、サマーリィが侍女に預けたそれを受け取る。
細かな宝石がいくつかついたそれは、トップの部分に大粒のサファイアがついていた。
横で高価な荷を扱うファンの護衛として一緒についてきた男が、その美しさにため息をつく。
しかしファンは一瞥しただけですぐにそれを侍女に返した。

「姫殿下、これはニセモノですね?」
「やっぱり分かっちゃうのね。つまらないわ。それにしてもファン、あなたには名前呼びを許した筈だけど?」
悪戯っぽく片目をつむり、彼女は言った。
「サマーリィ、こんな遊びのために私を呼ばないで。用件は?」
なぜそれがニセモノなのか、説明なんかせずファンは彼女にギロリと目をやる。
どうせいつものように、ファンで遊ぶために彼女が作らせたものに違いないのだから。

「その不遜さ、非常に結構」
サマーリィは満足そうに目を細めると、侍女を下がらせファンを手招きする。
「彼女は父王が寄越した侍女。あれで私を見張ってるつもりなんでしょうよ」
侍女の姿が消えた途端にサマーリィは王女の仮面を脱ぎ去る。

ここに来てから分かったことだが、この国の王、つまり300年後に英雄王と讃えられるヴラディ王はどうも猜疑心の強い人間であるようだった。
そのために自分しか信じず、彼の息子である王子は各領を与えられ、王都から離れた所で暮らしていた。
彼にはディバのほかに息子が2人。イルザスの北東に位置するリディアを治めるリノルーク殿下、南東シルディアを治めるシルヴァス殿下。
彼らも各々が自分の名の一部を付けられた領を与えられ、王都から離れて暮らしていた。

「リディア、シルディアは戦争には関心がないみたいね。それから、カントに集まっている兵の数は今のところ3000。詳細はここにある通りよ」
ファンはそういうと一枚の紙を手渡す。
そのメモをもとにサマーリィは必要な兵糧などを準備し、戦争に備える。
どのくらいの物を用立てるのかは、ファンの判断するところではない。
「いつもながら、正確な情報ね」
満足そうにメモを受け取るとサマーリィはうなずいた。

ショルトーで売っている物は何も物品だけではない。
全国に展開する店や商人の集めた情報も売っているのである。
そのことにファンが気づいたのはここに来て半年後、こうやって情報を売ることまで任されるようになったのはそれから3ヵ月後だった。
○○○
 イルザスの王女サマーリィを差し出すことによって保たれていたムントとの同盟関係は、イルザスの末王子ディルをアレイサーが捕らえた事により消滅していた。
ディルはなんとか国に帰ることができたが、その後2国の間で何度かされた話し合いは全てイルザスの王によって破棄されていた。 いつ戦争が起きてもおかしくない。
そんな中で表向き穏やかなこのサマーティアの町も、きっと戦争になったらただでは済まないだろう。
店番をしながら、うつらうつらと船を漕いでいたファンは、このところよく見かける騎士団の連中を通りの向こうに見かけながら何となく思っていた。

それはファンの知る歴史で、カントでの大量虐殺に向かう戦いが始まる2日前のことだった。

「ファン、連中はもう来てるのかい?」
いきなり現れた身体の大きな男の声に、ファンの肩はびくっとはねた。
目の前の男の、鍛えられた肉体は、言われなければ彼を兵士か傭兵だと思うだろう。
しかし、彼もショルトーの商人の1人なのだ。
「ラシードさん、いらっしゃい。もう奥に集まってますよ」

このところよく店に顔を出すラシードは、砂漠の民と呼ばれる一族の出らしく、鍛え抜かれた肉体もさることながら、 浅黒く日焼けした肌に銀色の短髪の美丈夫である。 そしてそれは、イルザス人とはかけ離れた容姿であり、このサマーティアでは目立つ人物であった。
ラシードはファンの言葉に軽くうなずくと、ファンが案内するまでもなく1人で奥へと入って行った。
奥では先だって同じようにして通した2人の男が既に彼を待っているはずだ。
彼らは定期的に”奥”と呼ばれるそこで会っているが、彼らが何をしているのかファンはまだ教えてもらったことがない。

残りの2人はディルと同じ色彩の、漆黒の髪に緑の目という典型的なイルザス人であるラキトーと言う男、 それに赤銅色の髪にとび色の瞳という、これまた典型的なムント人の色彩を持つストラトという男である。
1ヶ月前からどこかに出かけてしまったフィリップは、今日も帰ってこないようだ。

彼ら3人とアイリーン、それにフィリップをあわせた5人は、毎回集まると半日くらいを奥での話し合いに費やす。
しかし今日はフィリップがいないからなのか、いつもと違ったようである。
サマーティア商人連合の会合に出かけていたアイリーンが血相を変えて帰ってきてから、奥からは深刻な気配が漂っていた。
メガネを外すまでもなく伝わってくる暗い感情、それに時折焦った声も聞こえていた。
いつもなら、もっと静かなはずなのに・・・・・・。

心配になったファンは、そわそわと落ち着かない。
いっそお茶を持っていく振りをして、彼らの話を盗み聞いてしまおうか。
立ち上がっては、それを否定し首を振りながら座るを繰り返していた。
なぜなら、奥の部屋はいつも人払いされファンでさえも近づけない場所であったから。


10/06/29


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