すべては、あなたのために・・・・・・

   第1章 シークレットアイズ   ー12ー

「ラシードから知らせを受けて急いできたけど、間に合って良かったよ。今ならまだ父さんを取り返せるからね」
カミュールは立ち上がり、左手に刺し棒、右手を腰に当ててテーブルの周りをぐるりと回った。
「父さんが捕らえられているのは、ここ。だけどここは今、戦争の真っ只中。ストラトからの連絡では、ムント側の兵は3万。対してイルザスは兵1万5千。 こんな中をどうやってカントに入るか、だが・・・・・・」
ここ、と言って彼が指し示す場所はカント。

「理由が分からないな。なぜ父さんが処刑されなければならない? それもカントで。知ってる? 母さん」
隠し立ては絶対にさせない。そんな強制力を持ったかのようなカミュールの声にアイリーンは目をそらした。
「母さん?」
少し苛立った声で再度うながす彼に、観念したかのようにため息をつくとアイリーンは口を開いた。

「たぶん、あの子の遺品よ」
「フローフルの? カントにあるの?」
「違うわ。カントまで出てきてるサライシャーマが持っているのよ」
2人だけでなされる会話を聞きながら、ファンは状況を理解しようと記憶をたどる。

あの子、フローフルと呼ばれるのはたぶん亡くなったと言うアイリーンの娘だろう。 そして、サライシャーマというのは女神の娘という意味だったはず。
その形見をアルトリカが持っている?
サライシャーマの情報は、ムントでも最高機密になっていたはずだが・・・・・・。
「ムントの機密なんて、ショルトーにかかれば簡単に調べられることさ」
首を傾げたファンに、カミュールは説明する。 言葉に、出しただろうか?
「君は表情が分かりやすいからね。何を考えているのかすぐ分かるよ」

そう言われたファンはびっくりした。 ファンの表情は何を考えているかよく分からない。いつもそう言われるのに。
「フローフルに比べれば、まだまだ。君は分かりやすいよ」
再び表情を読んだらしいカミュールが鼻で笑った。
「カミュールさん! あんまりからかわないでください」

むっとしたファンはそれを隠さないでカミュールを睨みつけたが、その途端彼は指し棒をぐっとファンの目先につき出した。
「兄さん、デショ?」
「え・・・・・・?」
「君、父さんと母さんに言われなかった? 本当の親だと思って接してくれって」
「そ、それは・・・・・・。だけど私はどこの馬の骨とも知れない居候だし・・・・・・」
「えらく他人行儀なんだね」

言いよどむと、酷く冷たい声と視線で言い返された。
たしかにファンは彼らに養女にならないか? と提案された。そしてそれにうなずいた。
しかしカミューラからそんな反応を返されるとは思っていなかったので、たじろいだ。
だがそれも一瞬のことで、カミュールはため息をつくと再び穏やかな声で説明を始めた。

「もう分かってると思うけどフローフルというのは、僕の妹だった。亡くなって、2年経つ。 2年前、サマーリィの侍女としてムントに行き、サライシャーマ召喚のいけにえになった。 つまり、あのアルトリカという女と君をこの世界に呼ぶために命を落としたんだよ」
カミュールから視線を離せないファンに彼は続けた。
「残酷な言い方をすれば、君はフローフルの身代わりなんだ。 君が2人のことを父さん、母さんと呼んでくれていたら・・・・・・ 父さんは無理にアルトリカの持つフローフルの形見を取り返そうなんて思わなかったかもしれない。 何を遠慮しているのか知らないけれど、君にはもっと打ち解けてもらわなければ困るんだよ」

それは真実なのだろう。アイリーンに目をやると否定することなくファンから目をそらした。カミューラには酷いことを言われたのだと思う。 けれど不思議と怒る気持ちにも、悲しく思う気にもならなかった。 その眼差しに、家族に向けるのと同じ厳しさを感じたからなのか、それとも兄の妹に向ける遠慮のない苛立ちを感じたからなのかファンには分からなかったが。
そういえば、アイリーンは母と呼んで欲しいを言うときもいつもファンから目をそらす。 なぜそうやって目をそらすのか分からなかったが、今では分かる。あれは罪悪感だったのだと。 実の娘フローフルの身代わりとしてファンを見てしまうことからくる罪悪感が、彼女に自分から目をそらさせていた。
思っていたよりもずっと、この家族にはどうやら自分が必要なようだ。 そう理解してしまうと、もうファンは割り切ることにした。

「ごめんなさい。・・・・・・これからは、遠慮なく兄と、そして母と呼ぶことにします」
「よし、それで正解。じゃ、この話はもう終わり」
カミュールはそれまでずっとファンに向けていた指し棒をおろすと、地図に目を落とした。
「俺たちはカントに入り、父さんを助けなければならない。だけどイルザスの人間が今カントに入ることは不可能に近い。
たとえ俺たちが商人だったとしても、だ」
「だからストラトに連絡したら、なんとかならないかねぇ」
「無理だ。それに今彼をこちら側の人間だと知られるのはまだ早い」
ファンは兄と母の会話を聞きながら、別のことを考えていた。

──翡翠騎士団によって3日で陥落するはずだったムントの国境の町、カント。 アルトリカの持つ遺品を狙ったフィリップがカントで捕らえられたと言うのならば、おそらくアルトリカもカントにいるのだろう。
二つの事実をつなぎあわせれば、考えられることはひとつ。 疑いたくないけれど、そうしなければ説明がつかない。 王都にいれば安全に生活できるはずの彼女が、なぜカントまで行ったのかということの。

ムントの人間にとって、カントから始まるあの大虐殺は不名誉なもので、また屈辱的なものでもあったはずだ。 できれば消し去りたい歴史であったに違いない。 それに・・・・・・彼女はサライシャーマとしての手柄を欲していた。
だから、彼女は歴史を変えた。
どんなに歴史に疎い人物でも、カントで行われたイルザスの戦術がどんなものだったのか知らぬものはいない。 何度も何度も繰り返し学校では勉強させられるのだから。アルトリカももちろん例外ではない。
未来を知るならあの負けを覆すことも簡単だ。彼女は史実をまげて、カントの大敗を覆した。
この後アルトリカがどう動くかはまだ分からない。しかし、一度その力を示し彼らに手を貸したのだ。 次は拒否しても、あのアレイサーがそれを許すわけがない。 となればこれからイルザスは、未来を知るアルトリカを敵に回して戦わなければならないのだ。

深く考え込んでいたファンは、周りの声が一切耳に入っていなかった。
「それじゃあ私は用意をしてくるわ。あなたたちは始めてあった兄妹なんだから2人で少し話をするといいわ」
そんなことを言ってアイリーンが部屋を出て行った時も、ファンはまったく聞こえていなかった。
それどころかグルグルと頭の中ではいろいろな思考が交錯し、まとまらない。

「私はどうしたらいいんだろう・・・・・・」
悩みに悩んだファンは、無意識に声に出していたらしい。
そのままテーブルに突っ伏したら、顔のすぐ横を長い指でコツコツと叩かれた音で我に返った。
そうだ。今は父を助ける算段をしていたのだった。
「聞いていたか?」
幾分低い声で兄に迫られファンは背筋を冷たいものが流れるのを感じた。

「えっとぉ・・・・・・」
「まあいい。罰としてカントに着くまで全力で馬を飛ばしてやるから覚悟しておくんだな」
突然変わった口調と、恐ろしいまでの笑顔を見たとたん、ファンの肩は情けなくなるほどびくっと反応した。
それなのに兄はその笑顔のまま返事は? と顔を近づけてくる。
そのあまりの迫力にさっきまで悩んでいたことなどふっとんでしまい、ぎこちなく何度も首を縦に振った。


10/07/01


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