すべては、あなたのために・・・・・・

   第1章 シークレットアイズ   ー13ー

 全力でとばす。そう宣言した兄はそれを恐ろしいまでに遂行し、2日で2人はカントに到着した。 といってもカントには入れないのだから、その城壁が見えるところまでではあるが。 始めて馬に乗ったにもかかわらず、否も待っても聞き入れてもらえずファンの身体はくたくたになった。 馬から下りた途端その場にしゃがみこむと、胃の中のものを全て吐いた。
「だらしないやつだな」
「っ・・・・・・!」

涙目の妹にこの言葉はないと思う。ファンはできたばかりの兄をにらみつけた。
「まあ、その元気があるなら大丈夫だな。夜までしばらく休んどけ」
森の木陰に腰を下ろしたファンは、その言葉を聞くと同時に眠りについた。 遠くではカントの兵士とバルディアの翡翠騎士団が戦っているのだろう。 物騒な音が聞こえてくるが、身体が疲れていてそんなことに構っていられない。 とにかく寝なければ、これからやることに対して身体がもたないに決まってる。

こっちは旅慣れない女だと言うのにまったく容赦なく連れて来られたのだ。その間、悩む暇も考える暇も与えられなかった。 しかし、そのおかげでファンはカミューラのことを兄として無意識に受け入れていた。 身代わりだとかそんなことで悩んだり、遠慮したり、そんな余裕はなかったのだから。 そんなことを思いつつもファンは眠りに落ちていった。

「おい、そろそろ起きろ」
身体をゆすられて、ファンは目を覚ました。 それからまだぼぅとした頭で、兄から渡された簡易食をむぐむぐとさせながら、ぼんやりと歩き回る影を見つめる。
「兄さんも座ったら? 歩き回られると目障りなんだけど」
目の前をチラチラと横切る長い足が気になりつい憎まれ口を叩くくらいに、2人は仲良くなった。
「・・・・・・それはオレに喧嘩を売っているのか? そうでなければ今すぐに城壁を超えてカントに入る方法を考えるんだな」
「そ、そんなこといったって」
大分打ち解けたと思った兄の理不尽に妹は頬を膨らませた。

「母さんはストラトに連絡をしたらいいと言っていたが、彼に連絡をするのはダメだ。 ファン、お前ならこの城壁をこえる方法を知っているはずだ。考えろ」
兄は何の根拠があるのか、訳知り顔でファンの顔を覗きこむ。 しかし、そんなことを言われても何も思いつくはずはないのだ。自分はこの町には始めてきたのだから・・・・・・。
そう思いながら瞑想する。たしか・・・・・・300年前にこのカントが落ちたのは、中と外の両方からの連携攻撃が攻を奏した結果だったはず。 しかしそれはおそらくアルトリカによって公にされて、防がれたであろう。──あれは、よく知られた話だから。

じゃあ、これはどうだろう。
すごくマイナーな歴史書に書いてあったことだが、とファンは記憶を巡る。
その本には、カントを守る領主は少数の衛士とともに戦火に燃えるこの領から避難したと書いてあった。 そしてカントでの大虐殺は、その領主を探し回ったことが原因だと。 あれは英雄王であるヴラディの残虐性に理由をつけようと、どこかの歴史家がでっちあげたものだとする説が有力だった。 しかし、それにしては詳しすぎる描写に、ファンは驚いた記憶がある。──その時使ったとされる逃げ道は・・・・・・。
○○○

「とにかく、サライシャーマを何とかしなければ我々に勝ち目はありませぬぞ」
草原に立ち、目の前で繰り広げられる戦いを見ながら、老人は隣に座る主に進言した。
「女神の娘、か」
黒に緑のラインが入った軍服に身を包んだ男は、老人の言葉にそう呟くと立ち上がった。
戦争が始まる前に潜入させておいた味方の兵士は、計画通りであれば合図と共にカントの要所に同時に火を放つはずだった。 そして、混乱に乗じて門を開けさせて一気に頭をたたく。策が悟られないように、慎重に速やかにすべてを秘密のうちにおこなったつもりだった。 それなのに、アレイサーの指揮する軍にその全てが見通されていた。

いくらサライシャーマが未来を見通すといえど、これは自分の失態であるに違いないのだ。 今度は自分の手で汚名を返上せねばならない。ディルは眉間に皺をよせ、拳を握った。
「ガーラ、ついて来い」
「はっ。ディルバルト殿下」
年齢による衰えを感じさせぬ声でガーラは応えると、主の後を追った。

「姉上、しばらく指揮を頼みます。私はやはり、もう一度あの策を試してみようと思います」
「そう? 気を付けなさい。影の情報によると、カントの指揮はアレイサーよ。 あなたの指揮を受け継いで、このまま小競り合いをしながら待ってるけど、ダメだと思ったら諦めて帰ってきなさい。 この前みたいに無理に突っ込んじゃダメよ」
サマーリィは1年前のことを思い出し、ディルに決して無理をするなと命じた。 あの時は処刑される直前で彼を助けることができた。しかしそう何度も同じような幸運が訪れるとは思わない。 せめて・・・・・・上2人の兄が少しでも兵を貸してくれたら数の上で不利な戦いを強いられ、苦戦することもなかったかもしれないのに。 そう思うとサマーリィは心が痛んだ。

「この井戸か?」
荒れた森の中にひっそりと隠れる古い井戸をのぞきこみ、ディルは黒装束に確認した。
「はっ。昔の遺跡のようで、住民もこの横道の存在を知りません。先ほど確認してきましたが、出入り口には見張りもなく容易に中に入ることができます」
「・・・・・・ふむ。行くぞ」
目立つ軍服を脱ぐと、ディルは井戸のふちに足をかけた。
「お待ちください。このじぃが先に中に入ります」
「よし、行け」

井戸の中はところどころ崩れかけていた。
「こちらです」
黒装束が点けた明かりに照らされた横穴は、人が1人やっと通れるくらいの広さしかない。しかし・・・・・・。
「おかしいな」
そこには小さな燃えかすがあり、自分たちより前に既に誰かが明かりを付けてここに入ったことを示していた。
「以前入った時、お前たちも明かりを使ったのか?」
「いえ、私たちは暗がりに慣れておりますので」
黒装束に確認し、ディルは警戒を強めた。
「気を付けろ。もしかしたらヤツラもこの道の存在に気づいたのかも知れん」

暗い地下の道を進みながら、ディルは1年前のことを思い出していた。 あの時もこんな暗がりを歩いた。しかし、以前と今では進む方向が真逆であった。 あの時は逃げるため、今は攻めるため。
「おかしいですね」
「どうした?」
黒装束が呟くのを聞いて、ディルは先をうながした。
「い、いえ。たいしたことではないのですが・・・・・・」
「いいから、言ってみろ」
どんな些細な事がつまづきの原因になるか分からない。注意深く気配をうかがってはいるが、今はどんな情報でも欲しかった。

「私たちの前にいると思われる者たちですが、明らかにこういうことに不慣れな人物がいるようです。壁にも、地面にも、痕跡が残りすぎています」
ディルもさっきから何かがおかしいと思っていた。しかし指摘されてみると、その通りだと思った。これがひっかかっていたのだ。
「まずいな。この道で騒ぎをおこされて、俺たちまで巻き添えを食ったらかなわん。とりあえず急ぐぞ」
彼らは黒装束を先頭に、ガーラをしんがりにして物音を立てないように走り出した。


10/07/02


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