すべては、あなたのために・・・・・・

   第1章 シークレットアイズ   ー15ー

アレイサーの声に身を固くしたファンが振り返ると、そこには──。
「ディル?」
思いがけない者の姿があり、名を呼んだ。途端、彼の後ろから老人の怒気を含んだ声がした。
「貴様、殿下を愛称で呼び捨てとは、無礼であろう!」
しかし、それに反応しようとしたファンは、次に聞こえた声に思わずあとずさった。

「ほぅ、これは・・・・・・。末王子だけでなく、お前も生きていたとはな。ファン」
ここは牢なのに、なぜディルが入ってきたのだろう? そう思った疑問は彼の姿によって解決した。つまり、ディルと老人はアレイサーに追い詰められ、ここに狩り立てられたのだ。
「ちっ、なんてタイミングだ」
兄はアレイサーの後ろに続く衛士に気づき舌打ちした。 ディルたちがここに逃げ込まなければ、このまますんなりと父を救い出すことができたのに。

その時微かなうめき声が聞こえ、父が意識を取り戻した。
「父さん! 大丈夫?」
「ああ。ファン、やっと父と呼んでくれたのか」
その嬉しそうな眼差しに、やっぱり彼を父と呼んで良かったのだと、ファンは思った。
「ごめんね、私・・・・・・今までずっと誤解してたの。娘と言ってくれたのを社交辞令だと」
うつむいて肩を震わせるファンの頭を父はゆっくりと撫でた。
「いいんだ。いいんだよ」
なかなか打ち解けないファンに寂しさを感じていたから、だから実の娘であるフローフルの遺品を父は取り戻しに来た。 そう、兄が言っていた通りなのだと思った。 しかしそのとき、アレイサーの声が石造りの牢に無常に響いた。

「家族ごっこはそこまでだ。全員生かして帰すわけにはいかん。覚悟するんだな」
顔を上げると、アレイサーの後ろにいた衛士が、槍を手にこちらに向かってくるところだった。
「ファン、父さんを頼んだ」
兄はそういうと、どこに隠しもっていたのか剣を構え、奮戦しているディルと老人に混じった。 その兄の背に向かって、え? ちょっと待ってよ! そう言いたかったが、剣を交える彼らの助けになることなど、ファンにはできない。 それに、父を任されたのもまた自分である。自分には父を安全に逃がす責任がある。 父を担ぐ肩にぐっと力をいれると、ファンはやってきた地下の道を一歩一歩進み始めた。

 来た時と同じように、また地下の道に入ったファンは、最初の分かれ道でしばらく考えるとさっきと違う道へ進み、足を止めた。
「父さん、ちょっとここで待ってて。私、兄さんを見てくるわ」
そのころになると意識もはっきりしていた父は、まだ弱々しかったが自分の足で立つと壁に寄りかかった。
「分かったよ。気を付けて行ってきなさい」
「うん、動かないでね?」
父に一応念を押し、引き返そうと一歩踏み出した瞬間、牢の方向から爆発音が響いた。

「兄さん!」
まさか! 嘘でしょ? 父を助けに来て、こんな敵地と言ってもいい場所で兄を失うなんて冗談じゃないわ。 咄嗟にファンは駆けだした。
「っとと」
駆けだした途端に、目の前に飛び出してきた男の胸に思いっきりぶつかりファンはたたらを踏んだ。
「ファン! 大丈夫か? 父さんは?」

もし、敵だったら・・・・・・? 蒼白になったファンは聞きなれた兄の声にほっと息をついた。
「私は大丈夫よ。兄さんたちが心配で・・・・・・」
「馬鹿。オレは大丈夫だ。それよりも、今のうちに帰るぞ」
ファンに柔らかな視線を向けたかと思うと、思い出したように兄は後ろに目をやった。
「──ああ、そうだ。こいつらもいるんだ」
「久しぶりだな」
「ディル・・・・・・殿下」

お互いになぜここにいるのか分からないといった表情で見つめあったが、それも少しのこと。
「殿下、いそぎませんと!」
後ろから睨み付ける老人の声でファンは我に返った。
「こっちよ」
ファンは再び、彼らを導いて暗い地下道の中を引き返した。

「さっきの爆発音は?」
ファンは進みながら振り返ると兄に尋ねた。
「ああ、何かに使えるかと思って持ってきた。それよりも・・・・・・」
「なに? っいた!」
思わせぶりに目をそらし言いよどんだ兄をいぶかしみ、その顔を覗きこんだときだった。
「前を見てないと、頭をぶつけるぞ。って言おうと思ったんだが」
くっくっくという笑い声と共に言われた言葉にファンは怒りをぶつけた。
「兄さんが話しかけるからでしょ? もう! 信じらんない」
ぶつけた頭をさすりながらもう二度と振り返ってやるものかと決意を新たにファンは前に向き直った。

「ショルトーの養女になったか。・・・・・・それで納得いった。ショルトーを助けるためにここまで来たか」
ファンがカミュールのことを兄さんと呼んだ。それですべてが分かったのだろう。ディルは1人でぶつぶつとそんなことを呟いた。
「こっち」
後ろの方でディルとガーラがなにやら話をしていたが、その会話に入らず違う方向へ行こうとしていた兄の服をひっぱった。 そこはさっきの分かれ道で、兄はファンの示すのと反対に行こうとしていた。おそらく一回通ったとき、道を覚えたのだろう。 来た道と違う道を指し示したのに、それでも兄は顔色1つ変えずに、こっちか。と呟き、ファンのいう方向へと足を進めた。こっちであっているのか? くらいのことは言われると思ったのに。

「こっちであっているのか?」
「へ?」
兄の不可解な態度に首を傾げていたファンは、思わぬほうからその言葉を聞き間の抜けた声で聞き返した。
「おい、まさか貴様、適当に歩いているのではあるまいな?」
ここで捕まったらおしまいだというのに迷っている暇はない。そう言った居丈高な老人の強い口調に、ファンは一瞬怯んだ。
「やめないか、ガーラ」

「しかし、こんな小娘に・・・・・・」
ガーラと呼ばれた老人は、ディルに窘められたのが気に入らなかったのだろう。なおも言葉を重ね、不審を訴えようとした。 しかし、彼の言はそこまでしか続かなかった。
「妹への侮辱はそこまでにしていただこう」
なぜなら気づいたときには、手にした剣を引き抜き、老人の首元に突きつけた兄の姿が見えたからだ。

「兄さん!」
何をやってるのよ? そう続けようとしたファンはのんびりとした声に遮られた。
「おかえり〜。みんな無事だったね。よかったよかった」
振り返るとそこには、待っててと言って分かれた父がのんきな笑顔で手を振っていた。


10/07/06


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