「いやぁ、いけるかな〜と思ったんだよね。だってさ、いつも王都にいるサライシャーマがカントに来てるってなったら
行くしかないデショ?」
満面の笑みをうかべ、首をかしげたって目の前にいるのは40台のおぢさんである。そんな男にかわいらしく微笑まれても、嬉しくない・・・・・・。
「2人には感謝してるよ。でもそのおかげで、ほら」
周りの疲れた雰囲気も読まず満足げに戦利品を見つめ、ヘラリと笑うその姿に兄と娘は、もはやため息しかでない。
「父さん・・・・・・とりあえず、ここは」
父になんとかアイコンタクトを試みるその姿に、ファンは兄の意外な一面を見たと思った。
そう。ここはディルバルト率いるカント攻めのイルザス陣営である。
父と地下道で合流した4人はそのまますぐ近くにある隠し階段を通って地上に出た。
外は森の中で、ファンたちが休憩した場所のすぐそばだった。
そこで分かれ、ディルたちは戦線に、ファンたちはサマーティアまで帰る予定だった。
しかしそこで意外にも父がイルザスの陣営に一緒に行くと言い出し、彼らと共にここまで来たのである。
前線に張られた陣の中、周りには甲冑を着たいかつい兵士。陣の中央には軍服をそつなく着こなすディルバルト、
そしてその横にサマーリィ。
その前で父はさっきの会話をして見せたのである。
「ショルトーの主人がこんな腑抜けたやつだったとは・・・・・・」
ガーラがぼそっと呟いたが、今度は兄も何も言わない。分かっている。父はいつもこうなのだ。
飄々として相手に真意を掴ませない。取るに足りない者のように振舞う。それが権力者ならなおさら。
だから兄に倣ってファンも、父を呆れた目で見つめるディルの周りの兵士たちを正そうとしない。
面白い半分、試すの半分。父はイルザスの陣営に招待されたのをいいことに、彼らをからかって遊ぶことにしたようだ。
(とんだ狸親父だよ)
兄と妹は特に目をあわせたりしなかったが、同時にまったく同じことを心の中で考えていた。
「ところで、この戦争はまだ終わらないのかなぁ。イルザスがカントを落とすのがもうじきなら待ってようと思うんだ」
「は?! 何いってんの、父さん」
突然、脈略もなく告げられファンは聞き返した。ただでさえ牢に繋がれて処刑されそうになったのに、しばらくいるってどういうことだろう?
フローフルの形見だという鏡はさっき見せてもらったし、牢の中に忘れ物があるとは思えない。
それなのに父は首をかしげるファンを横目に、「はやくあの中に入りたいなぁ〜」 などと見えるはずもない城壁の向こうを、背伸びして見つめている。
戦況は芳しくなく、ディルが城に放った火も、カント攻めの決定打にはなっていないようだった。
それに、しばらく開いていた城門もすぐに閉じられ、今は攻めあぐねている状態だ。
「だってほら。カントにもショルトーの支店を置きたいじゃないか」
「支店・・・・・・」
カントには今、ストラトがいるはずだ。彼はショルトーの商人であり、ムントに小さな店を持っている。
それを『ショルトーの支店』として開いているわけではないけれど、結構な儲けがあると聞いている。
今さらカントに店を出す必要性はないはずなのに、それを言うということは・・・・・・支店なんてただの口実だろう。
それなのに実に人のいい笑みを浮かべて父は「お店開きたいなぁ〜」 なんて言うから、周りの者は苦笑は浮かべても、誰もうちの支店が既にカントにあるってことに
気づきさえしないだろう。
(ホント、何がやりたいんだか)
メガネの奥からチラリと父に視線をやれば・・・・・・こっちを見て、妙に嬉しそうにニヤと顔を崩した。
イヤダ。何かさせる気だ! よからぬことを企んでいるに違いない。
ヒクリと片方の口の端を震わせると、ファンはさっと兄の後ろに隠れた。
横暴な兄ではあるが、狸よりましだ! そう思ったのに、願いはむなしく父はいきなりディルにとんでもない提案をした。
「うちの娘は剣はからっきしなんだけど、敵の弱点を見抜くのは得意なんだ。
早くカントを攻め落として欲しいし、騙されたと思ってファンに意見を聞いたらどうかなあ?
一気に敵を蹴散らすポイント、見つかると思うよ」
「な、ななな、なにアホなこと言ってんの?! そんな弱点なんて、ディル・・・・・・殿下でも分かってるに決まってるじゃない!
わざわざ私が教えるまでもないって。父さん、そういうこと言うの、ホントやめて」
さっきから戦況をちらちらと目で追っていたファンは、カント側の穴を見つけていた。
そこを突けば、おそらくこの戦争はこちらの勝ちだ。それはすごく小さい綻びだけど、ディルならきっと気づいているだろう。
たとえ、ファンのような力はなくとも、そんなことくらい分かっていて、時期を待っているのだ。そう思って眺めていたのだが・・・・・・。
「敵の指揮を執っているのはアレイサーだ。やつが、ちょっと見たくらいで分かるような尻尾を見せるわけがない。だから攻めあぐねているのだ」
ディルは眉をゆがめ、そう言った。
「え?」
メガネをかけていても見える、ディルの光は綺麗に輝いている。
生まれながら人の頂点に立つ者のみが持てるその光のために、ファンは歴史を曲げてまでもディルの命を助けた。
だから、あの穴をディルも気づいていると思っていたのに。
──頂点に立つものが、万能と言うわけではないのよ。ファン。その者を支え補う力のある者がいるから、王者は王の椅子に座って居られるの。
ふいにエリーズの言葉を思い出した。
あの時はよく分からなかったけれど、こういうことなのかも知れない。
「支え、補う力・・・・・・」
顔を上げるとファンはある一点を指差した。
「殿下、あそこを──」
「娘、適当なことを言うのはやめよ。この戦いは負けられんのだ。
さあ、お前たち3人は殿下の客人として扱ってやるから、さっさと後ろの天幕にでも行っていてもらおう」
あそこを攻略できれば一気に敵は瓦解する。そう言おうと思ったがやはり、ただの娘の言などで兵を動かすわけにはいかないのだろう。
ガーラに言葉を遮られ、強引に天幕へと引っ張っていってしまおうと思ったのか、ファンは腕を掴まれた。
「待て、ガーラ」
諦めて陣を去ろうとしていたファンの後ろから、ディルの声が聞こえた。
「殿下、いけませんぞ。このような輩の言に耳を惑わせては、判断が鈍るというものですからな」
こんな小娘に戦争のなにが分かるのだ。
若いころから多くの戦争を体験してきた功績、殿下の助言役を仰せつかる重鎮。
そんな自分を差し置いて、直接殿下に意見をすることは、ガーラにとってはあってはならないことであり、許せないことだった。
しかし、ディルは再度言った。
「待て。ファンにはすでに2回助けられている。何の根拠もなく適当なことを言う娘ではないことは俺が保障する」
「な!? 正気ですか?」
「お前がダメだと言うなら、俺が行く。ファン、来い!」
ディルはそう言うなり、ファンに伸びるガーラの腕を振り払い、彼女を連れて陣を離れた。
「誰か、馬ひけ」
しかし、突然引っ張られたファンはたまったものではない。
もつれて転びそうになる足を必死に前に出し、ディルに付いていくのが精一杯で周りの状況に気を配ることもできない。
それなのに目の端にはニコニコ顔で、「がんばれ〜」 なんて手を振っている父の姿が見える。
「ああ、もう・・・・・・やだ」
馬の上に引っ張りあげられながらファンは、父に恨めしそうな視線を送った。
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