すべては、あなたのために・・・・・・

   第1章 シークレットアイズ   ー18ー

「おかえり〜」
見送られたときと同じ笑顔で父に出迎えられたファンは父に湿った視線を送った。
「もうやだ。疲れた。二度とごめんだわ。今すぐ寝たい。足伸ばしたい。お風呂入りたい」
ぶつぶつと呪文のように呟くその姿からは、誰がさっきまで前線で指揮を執っていたものだと想像できるだろうか?
「よくやったな」
なんてディルのかける声なんかまるでありがたくもないと言わんばかりに背を向けたままひらひらと手を振るその姿は幽鬼のようであった。
そのまま一度も振り向くことなく、サマーリィと共に女性用のテントへと入っていったファンには後ろで ディルが苦笑していたことなんて知るはずもない。

次の日、朝起きると同時にファンは激しく後悔した。
(なんか・・・・・・昨日とんでもないことをした気がする)
慣れない地下道を通り父を助けに行った時、牢についた時点でファンはすでにへろへろだった。 にもかかわらず自分よりはるかに大きな体の父を背負い、地下道を引き返した挙句、さらにディルたちの陣まで休む間もなく歩き続けた。 陣で父にヘンな提案をされた時には、ほとんど何も考えられない状態だった。 だからだろう。いつもなら勢いに任せてあんなこと、絶対にしないのに。 大衆に埋もれるように力を隠し、目立たず生きてきたことがすべて無駄になっただろうか?

いや。ガーラも言っていたではないか。こんな小娘に戦況を読む力などありはしないと。 それに・・・・・・今まで兵法を学んだこともないのだから、理論的にすべてを説明できない自分が、そんなことできるなんて誰も思いはしないだろう。 ファンでさえも自分の瞳に宿る力の正体を知らないのだから。

それにしてもなぜ父は急にあんなことを言い出したのだろう。まるで、ファンの力を知っていると言わんばかりに・・・・・・。 たしかにあの時、ファンにはどこを攻めればいいか分かっていた。 しかし、それは力があるから分かることであり、ファンはその力のことを誰にも言っていないのである。

天幕の中にしつらえられたベッドから起き上がると、すでに侍女によって服は用意されていた。 中にはファンしかいないのだから、おそらくサマーリィは先に起きていて、外に出てしまったのだろう。 急いで身支度を整えると昨日の自分の行いがどのような影響を与えたのかと、ビクつきながらファンは天幕を抜け出した。
「できれば・・・・・・今まで通りぞんざいに扱われますように!!」
というなんとも情けない願いを口にしながら。

天幕を出た途端、誰かに呼びとめられることくらいは覚悟していた。 しかし・・・・・・。
外には兵士が何人か残っているだけで、そのほとんどはカントの城下町へと移動した後であった。
「ファン! おはよう。遅いからみんな先に行ってしまったよ」
「父さん・・・・・・」
緊張しながら外に出た途端見たのがのほほんとした父の姿だったため、ファンは思わずガクリと肩を落とした。

「まだ疲れが取れてないのかい? だけどほら、あの人たちはファンが起きるまで天幕を片付けないで待っててくれたんだよ。 これ以上寝たかったら、お父さんがカントに行ってから宿を取ってあげるから、もうちょっとがんばってくれるか?」
ファンが肩を落とした姿を、まだ疲れていると誤解した父にそう言われるが、否定するように首を横に振った。 体が疲れているわけではないのだ、これは。 ビクビクしながら周りを見渡して、最初に会ったのが場違いなほど普通な父の笑顔だったものだから、気が抜けただけなのだ。 自分の態度が回りにどんな影響を与えるのか、少しは気づいてほしい・・・・・・。 晴れ渡った空を仰ぎながらファンはそっとため息をついた。

「ねえ、兄さんは?」
「お兄ちゃんは、ファンがいつまでも寝てるから代わりにディル殿下と一緒にカントの城に行ったよ。 それより、お父さんもカントでやることがあるから、早く用意してきなさい」

ムントの北端、カントは高い城壁に囲まれた町である。ここはイルザスとの国境であり、城壁はそのための防波堤といってもよいモノだった。 とはいってもイルザスとは常に戦争状態にあるわけではなく、1年前まではなんとか平和にやってきた。 多少の小競り合いはあったが、イルザスの王女サマーリィをムントに輿入れさせたのは、平和を維持するため、両国民はそう思っていた。 それが崩れたのはムントの第2王子アレイサーがイルザスの末王子を捕らえた時だった。

イルザスの末王子ディルバルトは、イルザスの北西、バルディアを治める若き領主である。 そして知略に優れ、人望も厚い人物である彼が何故アレイサーに捕らえられたのか、一説には陰謀だと言われているが、詳しいことは本人すらよく分かっていなかった。

「・・・・・・それは確かか?」
「間違いありません」
「ふん、我が息子ながら末恐ろしいやつよ。やはりそう急に始末したほうがいいか」
「しかし、民意は今ディルバルト殿下の味方です。口実を設けたとしても、処罰すれば反感を買うのは陛下の方かと」
「せっかく捕らえさせてやったのに、アレイサーが逃すからこのようなことになるのだ。どうするか・・・・・・」

イルザスの首都、ヴラディア王都。四季があり、自然豊かな国の中央に位置する王城の小部屋に何人かの男が集まっていた。 そのほとんどが国の政治の中心人物であり、その中には圧倒的な存在感を持つ国王ヴラディの姿もあった。 ヴラディはイライラとした気持ちを隠さず、机を節の太い指でコツコツと叩きながらしかめ面をした。

──ディルバルトは簒奪者。あの男を殺さねば、いずれ陛下は殺され、王位を奪われる。

2年前現れた預言者、イリューシャにそう言われてからヴラディは常に自分の息子の影に怯えてきた。 今では養女となった、彼のそばに立ち肩に片手を置いている黒いフードを被った少女イリューシャは今まで見た予言をすべて当てている。 ヴラディにはなくてはならない存在であり、ほとんど依存していると言っていいほどの心酔を向ける人物である。 その者が言った言葉であるから、信憑性は高く、ヴラディはそのことを疑ってさえいない。

だから1年前、罠にはめて敵国であるムント側に捕らえさせたのに、結局ディルバルトは帰ってきてしまった。 それならばと、捕らえられたことを口実に条約破棄し、カント攻略を命じてみれば、予想では負けると思われた戦に見事勝利する始末。
それだけではない。戦争によってもたらされた利益によってイルザスは潤い、ディルバルトの人気はかえって高くなってしまった。

「そうですね、次は休む暇も与えず、キサズを攻めさせてみたらいかがです?」
黒いフードに隠され、表情は分からなかったが楽しそうな声でイリューシャはそっとヴラディの耳に囁いた。

「キサズか・・・・・・」


10/07/09


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