すべては、あなたのために・・・・・・

   第1章 シークレットアイズ   ー20ー

カントの戦争から2週間後、ファンの姿は砂漠を行く船の上にあった。
「ファン、どうだ? なかなか壮観だろう」
どこまでも続く砂の海を見つめ、ラシードは上機嫌だ。 彼は砂漠の民らしく、町での生活よりもこちらの風の方があっているのだろう。
ファンはカントで紅の狼を手助けすることを父と約束した後、彼らの本拠地であるこの砂漠へとその身を移すこととなった。

その時にちらりとディルの事が頭をよぎった。ムントで逃げる手伝いをしたときには、ディルの力になりたいと思っていたから。 それに、メガネをしていても隠せないほど強い光の運命を持つ彼が、これから何をなすのか見てみたいとも思ったからだ。 しかしそれと同時に、ムントで助けた1年前すでにファンは、ディルには自分の力など必要ないのだということを思い知らされている。 帰らずの洞窟を出てすぐ、ファンが気を失っている間にショルトーに身柄を預けられ、一人で自分の領地に帰った時点で、彼女は彼から戦力外を言い渡されているのである。 必要とされない、居場所のないところに身を置く辛さはエリーズを亡くした当時の経験から、ファンにはよく分かっていた。 だからこそ、求められている父と兄の元で手伝いをすることこそがファンにとっては何よりも大事なことであった。

そうしてついた場所は、圧巻のひとことだった。 高くそびえる険しい岸壁がはるかに続く砂漠を、いったん船から降りて馬で進むと隠されるように現れる細い道。 その道をしばらく進むとそれはいきなり現れる。荘厳で美しい外観は、まるで神殿を連想させる。
「こんな建物が・・・・・・」
その前に立ち、ファンはしばし呆然と見上げた。 300年経った後の、自分の知る歴史の中にこんな建物の発見はあっただろうか? いや、ない。 ならばサマーティアがそうであったように、砂嵐と共に消えてしまったのだろうか?  しかし、それならそれで歴史書に何か残っていてもいいはずだが、そんな話聞いたことがない。 歴史の中には存在しないはずのその建物を見つめ、ファンはまたも何かとてつもない大きな力を感じた。

なぜだろう? ここは300年前の世界のはずなのに、知らないことが多すぎる。 歴史をまげてディルの命を救ったことが原因で、変化したことだとしても、一年やそこらでこんな建物が造れるはずはない。
「さ、中に。ここは砂埃でざらざらだけど、ファンのために用意した部屋は・・・・・・サマーティアの宮殿よりも快適だぜ」
入り口からなかなか動こうとしないファンの背を、ラシードが軽く押したことでファンは我にかえった。
「あ・・・・・・ごめん。ちょっと考え事してた」
それから、鏡を抱きしめる腕にぎゅっと力をいれ、ラシードの後をついで建物へと踏み出した。

「その鏡は・・・・・・イリュ、フローフルの形見?」
「ええ。父さんが持っていけって」
父はカントの宿屋でフローフルのこと、紅の狼のこと、砂漠の民のことをファンに話した後、 「これはファンがもっていたほうがいい」 と言ってアレイサーに捕まってまでも取り返した形見であるそれをファンにくれたのだ。

「にしても、カミュが消えたときには焦ったぜ。フィリップのだんなが捕まったって聞いてすぐだったが。 まさか、ファンを連れて助けにいくとは思わなかったもんな」
部屋に案内してもらう間、ラシードはそんな話をしていたが、すれ違う人からの珍しいモノを見るような視線を感じてとても居心地が悪かった。 父はファンに紅の狼と合流するようにと言っておきながら、自分はカントに残るとファンだけを兄に預けてしまった。 その兄もサマーティアの近くまで迎えに来ていた砂船にファンを乗せ、さっさとどこかに消えてしまったのだ。 ラシードがついているとはいえ、今のファンは彼以外知り合いもいず、不安だった。

「っと、着いたぜ」
「え・・・・・・?」

──これが、部屋?

ファンは周りを見渡し、確認するようにラシードに視線を送った。
「まあ、驚くのも分かるが・・・・・・ここがお前の部屋だ」

そこは部屋というよりも庭園に近いようにファンには思えた。 ここに来るまでに、何度か階段を登ったことから建物の高い位置、もしかしたら最上階にあるのかもしれない。 50人くらい余裕で入れそうな広い部屋。中央には室内であるのも忘れそうな、水を湛えた泉、そこに浮かぶロータスの花。 天井の明かり取りから漏れる光と、壁面の高い位置にある大きな窓ガラスで部屋の中は適度に明るかった。 そして、中央の泉は巨大なテーブルのような、丸い一段高いスペースを取り囲むように配置され、泉の上にはそこへ続く階段があった。

テーブルの上は小さな部屋のように家具が配置され、奥の壁には小さなドアが一つ見えた。
「階段の上がファンの部屋、奥が寝室。この広いスペースは・・・・・・まあ、なんだ。 ファンを預言者に見せるための舞台装置のようなもんだ。うん」
「よ、預言者?!」
「ああ。って聞いてなかったのか?」
いきなりな単語に、大声を上げたファンの様子を見て、ラシードは言っちゃいけなかったかと頬をかいた。

「あのぉ・・・・・・」
「なんだ?」
ファンは20センチ以上背の高いラシードを見上げた。
「もっと普通の部屋はないの? こんなところじゃ落ち着かない。それに預言者ってなに? 私そんなんじゃないんだけど」
意を決して一気にそれだけ言ってしまうと、ほかの部屋を探そうとファンは部屋を出ようとした。

「いやいやいや、ここだ。カミュからお前はこの部屋って言われてんだ。それにお前も俺たちの仕事を手伝うって決めたんだろ?  だったら大人しくここにいてくれや。勝手に部屋変わられると、俺がカミュに怒られるんだ。知ってんだろ? あいつの性格の悪さ」
「それは・・・・・・。でも」
「大丈夫だ。お前はやれる! ほら、俺の妹を世話係り兼話し相手として付けてやる。だから、な?」

たしかに父や兄のしていることを手伝うとは決めた。ここに来ることも了承した。 だけど・・・・・・なんだかこの部屋は祭壇のようで、しかも預言者なんて、そんな崇められるようなポジションに立ちたくない!  それがファンの率直な意見だった。 しかし俯くファンを必死になだめようと、腰を曲げて視線をあわせようとしてくれるラシードを見ると、なんだかとてもこれ以上言えない気がしてきた。 それに、兄がこの部屋を、と言ったならばここにいなければどんな目に合わされるか分かったものじゃない。 一緒にいた期間は少しの間だったけれど、それだけはファンにもよく分かった。 父と兄、あの2人に関わると碌なことにならない! ガクリと肩を落としファンは抵抗を諦めた。

「ああ、分かったわよ。もう!」
だけど予言なんてできない。ただ人の先を見通したり少しだけ感情を読み取ったりできるだけで、それ以上の力なんてないんだから。 それは父さんも兄さんも知っているはずだから・・・・・・それ以上のことを期待されても私には無理なんだからね!  心の中でそう高らかに宣言すると、預言者様に似つかわしくない勇ましい足音をたて部屋の中央にある階段をファンは登って行った。
「おーい、そんな歩き方してると滑って転ぶぞ〜」
部屋の入り口からはラシードのそんな声が聞こえたが、ファンはそのまま無視して階段を上がりきった。

「こんなところで転ぶはずないじゃないの。そこまでのドジじゃ・・・・・・」
「お待ちしておりました。預言者イリューシャ」
「うわぁ!」
上がりきったところでいきなり声をかけられ、ファンは足を滑らせた。 しかし、階段を落ちることはなかった。

「遅かったな、ファン。ここに来るまでいくら時間をかけるつもりだ?」
「兄・・・・・・さん?」
足を踏み外したファンの体をどこからか現れた兄が器用に抱きかかえていた。
「だ、大丈夫ですか? イリューシャ様、申し訳ございません! 私が急に声をおかけしたばっかりに・・・・・・」
その声に慌ててファンは体を支えられながらも、足元を見るとファンと同じくらいの少女が額を床に擦りつけていた。

「誰? なに? イリューシャ? は?」
わけの分からない単語と、なんだかよく分からない人物、それにこの状況。 いいかげんにしてよ、とファンはその元凶である兄を睨みつけるとさっさと彼の腕から逃れ少女の体を起こした。
「あなた、誰? 確かにさっきのはびっくりしたけど、そこまで誤らなくてもいいよ。ちょっとイライラしてた私も悪いんだし。 それとイリューシャってなに? 私、今の状況まったく分からないんだけど。いや、兄さんのせいってのだけは分かってる」

まったく説明もなしによく分からない状況におかれてしまったファンは、叫びだしたい衝動を抑え目の前の椅子にどっかりと腰を下ろした。 それはもう、誰がみても分かる不貞腐れた不機嫌顔をして。


10/07/14


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