すべては、あなたのために・・・・・・

   第1章 シークレットアイズ   ー23ー

「だから無理だと進言したのだ! それを強引に・・・・・・」
父ヴラディからキサズを攻め落とすよう命令され、ディルは一度それを断った。 カントの内政もまだ定まっていないし、カントを攻めた兵士の疲労もまだ残っていると言うのがその理由だ。 それに、今キサズに攻め入ればただ負けるだけでなく、せっかく手にいれたカントまでも奪い返されかねない。
「やはりあの噂は本当なのでしょうか」
「言うなガーラ」

父王ヴラディが自分を疎んでいる。 その噂はディルの耳にも入っていた。 しかしそれを認めるわけにはいかなかった。認めてしまえば・・・・・・もうこの国にはいられない。

「応戦しながら後退だ」
「はっ」
ディルは父王からの命により無理にキサズに攻めいり、半数以下に減らされてしまった兵士たちを見ながら、ギリリと歯を鳴らした。 敗走する味方を率いながらディルが思うのは、なぜかカント攻めでのファンのことだった。 一進一退の状況からの見事な采配。そして半日足らずでディルの軍に勝利をもたらした。 彼女なら、この状況から戦況を覆す事ができるだろうか? いや、今いない者のことを考えても仕方がないのだ。

それでもディルにとって幸運だったのが、ここがカントからあまり離れていないことだった。 カントの城に帰れば少しは兵の数を確保できる。カントには兵を半数残してきているのだから。 彼らと合流し、体制を立て直す。頭の中ですばやく計算するとディルはカントに急ぐ兵たちの列に加わった。

「ガーラ、カントに着いたら急いで兵を整えよ」
「はっ。再度討って出るのですね?」
「いや、カントは捨てる。バルディアまで撤退だ。さっきの軍勢にアレイサーがいなかったのが気になる。それに、我らが負けたと知ればカントの者の中におそらく寝返る者が出るだろう。 内憂を抱えいつ崩れるとも知らぬ砂の城に立て篭もるくらいなら、せっかく取った町だろうが奴らにくれてやったほうがましだ」
「ううむ、仕方ありませんな。しかし、それでは陛下の命に背くことになりますな」
自らの計画を話すと、心配そうに見つめるガーラの視線を無視するように、ディルは馬の腹を軽くけった。



カントはイルザスとの国境であり、イルザスに対し鉄壁の防御を誇っていた。 そのカント攻略を父王ヴラディ陛下がディルに命じたのは、彼がムントの牢から逃げ帰ってすぐだった。 普通ならその時点で国王は軍の一部をディルに預けるのが慣例なのだが、王は兵士は自分で用意するようにと言った。 そのことにディルは我が耳を疑った。 なぜなら国の兵はほとんどが国王軍であり、ディルたち王子には領地を守るための最低限の人数しか兵がいなかったからである。 ムントとの国境沿いにあるディルの領にはほかの領よりも兵士が多いとはいえ、それは守護を主とする兵たちだ。 だから、こちらから攻めるにはもっとたくさんの兵が必要なはずだった。

それでもすぐ上の姉サマーリィにも協力してもらい、やっとこさ兵を集めた。 そんな急ごしらえの兵団で、強固な城壁を持つカントによく勝てたと思う。 しかし、父はねぎらいの言葉一つかけることなく、次はキサズと言った。

無理だ。

奪ったばかりのカントを守りつつ、キサズを攻めることなどできはしない。 兵が足りない、時間も足りない。それに、カントだって奪ったばかりでまだ内政がしっかりしていないのだ。 姉サマーリィからの増援とて、これ以上は望めない。 あと2人の兄たちは父に疎まれている弟を、父の不興を買ってまで助ける気はないだろう。 だから断ったのだ。負ける戦を仕掛ける気はない・・・・・・と。

それなのに父ヴラディは勝手に会戦の火口をきり、戦をディルに押し付けた。 そこまでして王はなぜ自分を負けると分かった戦に駆り出すのか・・・・・・。 その答えを本人に聞くことはできなかったが、皆が噂しているのは知っている。 ヴラディ王はディルバルト王子の才能を恐れている、と。 それでも今回の無理な命令が、自分を殺す事を目的にされたものなのだとは思いたくない。

だから「やはりあの噂は本当なのでしょうか」と、そう呟いたガーラの言葉を遮った。 しかし・・・・・・案の定、会戦後すぐにディルたちは押され始めた。 そして、分かっていたことだからなるべく損失を抑えるようにしたが、それでも半数の兵を失ってしまった。 だが今は数を減らした兵たちのことを考えている余裕はない。 なぜなら、キサズを守る将軍の中にアレイサーの姿がなかったからだ。

自分がキサズを攻めれば、応戦するのはアレイサーだと思っていた。 しかし、出てきたのは第3王子のドナシューだった。 アレイサーはどこへ行った? そう考え、出た答えは一つ。

キサズの攻防はドナシューにまかせ、アレイサーは手薄になったカントを奪い返すつもりだ。 その考えに至った時、ディルは背に冷たいものが流れるのを感じた。 ここで今カントを奪われてしまえば、ディルの軍は前と後ろを挟まれムントで孤立してしまう。 それだけは避けなければならない。 アレイサーにカントを奪われる前に、カントに残してきた兵と合流し、できるだけバルディアに兵を進めておかなければ。 ただ一つ幸運だったのは、キサズから出てきた兵と交戦した場所がカントからそんなに離れていないことだった。 これがアレイサーだったならば、ディルの軍はもっとカントから離れた場所で戦いをすることになっていただろう。 そして、気づいたときにはカントを奪われ、孤立していたはずだ。

アレイサーに奪われる前に、カントに帰らねば。 焦る気持ちを抑えて先を見つめるディルの視界に、土煙を上げるアレイサーの軍勢が見えた。 すでにこんなところまで来ていたのか。 背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じながら、ディルはごくりと喉を鳴らした。 ここで見つかれば、おそらくこちらは全滅するに違いない。どうするか・・・・・・。

「ガーラ、カントに早馬を飛ばして城を放棄するように伝えろ。全軍直ちにイルザスに撤退だ」
「はっ」
カントに残した兵たちに連絡を取れば、アレイサーにこちらの位置を知らせることになるかも知れない。 それでも彼らを捨ててバルディアに帰るわけにはいかない。 合流する事はできなくとも、せめて撤退の指示だけは出しておかなければ。 そう思いながらこぶしを握った途端、脇からディルたちの前に大量の兵が現れた。
「しまった! アレイサーの別働隊か?」
目の前の軍勢に目をやる。しかし軍勢はディルたちに剣を向けることなく、その一団からは見たことのある者が一人だけ出てきた。

「殿下、本当にこれでよろしいのですか? カントに残ったもの全員、城を出てしまいましたが・・・・・・。 これではせっかく奪ったカントがまた、ムントのヤツラの物になってしまいますよ?」
「アラントか?」
軍勢から飛び出してきた者は、カントに置いてきたはずのアラントだった。
「なぜお前がここに・・・・・・」
ディルは彼と、彼が率いてきた兵を信じられない面持ちで見つめた。 今まさに彼らに撤退の指示を出そうと思っていたところだったのに、その彼らがすでにカントを放棄して目の前にいるのだ。 びっくりするのも無理はなかった。

「なぜって・・・・・・殿下が指示を出したじゃないですか。ほら、ここに手紙が」
「貸してみろ!」
何気なくアラントがポケットから出したそれを、ディルは奪うように手に取った。 そしてそれを見た途端、ディルは青くなった。 そこには確かに、カントを放棄してこの場で待機という内容の事が書かれていた。 しかし、彼にはそんな物を書いた覚えも出した覚えもない。

「誰がこんなものを・・・・・・」
小さな声で呟いたが、確かにこの指示がなければカントにいた彼らは無事ではすまなかっただろう。 現に今、ディルはカント放棄の支持を出すように伝えたが、彼らには自分たちの力だけで逃げてもらうつもりだったのだから。 今からカントを奪い返そうとするアレイサーの軍に立ち向かうほど、もう、ディルの軍は兵が残っていないのだ。 手の中の紙を握りつぶそうとして、ふとディルはそれを裏返した。
「イリューシャ?」

手紙の隅には目立たぬように小さく、そう読める文字が書かれていた。 イリューシャといえば、先ごろ父が養女にした娘がそんな名前ではなかったか?  ディルはその、覚えのある名前に首を傾げた。 なぜなら、認めたくはないがディルが父に疎まれ始めたのは、彼女が来てからのような気がしていたからだ。 彼女はディルのことを恨んでいる。そのために父にあらぬことを吹き込み、自分を死地に追いやったのだと思っていた。 その彼女がなぜ、自分を助けるかのような手紙をアラントに送ったのだろう? いや、それ以前にどうしてこうなる事が分かっていたかのような手紙を書く事ができたのか、そっちの方が不思議だ。

遠いイルザスの王都ヴラディアにいて、どうしてこんな手紙を書く事ができたのだろうか?  そして、どうやって敗走するディルたちがこの場所を通ることを予想できたのだろうか?  それよりも、ここに署名のあるイリューシャというのは父王ヴラディの養女イリューシャなのか?  分からないことはたくさんあった。 しかし今はそんな事を考えている余裕はない。
「ガーラ、アラント、ただちにバルディアに向け撤退だ」

ディルの指示に従って軍は大幅に進路を変え、カントに寄ることなくバルディアを目指した。


10/09/02


   web拍手できれば拍手をいただけると嬉しいです。すごく励みになりますので!
Back ListTop  Next
Home

Copyright © Kano tsuduki. All Rights Reserved.
inserted by FC2 system