すべては、あなたのために・・・・・・

   第1章 シークレットアイズ   ー24ー

「やっぱり劣勢だよね。アラントは私の指示どおり動いてくれたかな・・・・・・」
たぶんせっかく取ったカントも、アレイサーが相手では奪われるだろう。ファンはそう予想しながら一人掛けから立ち上がり、開け放った窓から入ってきた伝書鳩を拾い上げてその頭を撫でた。

ディルがイルザス王ヴラディからキサズ攻めを命じられたようだという情報が、兄を通してファンの耳に入ったのは、彼がその命を受けてすぐのことだった。 イルザスから遠くはなれた砂漠の中にいても、砂漠の民の張り巡らせた情報は早く正確だ。 それゆえに、紅の狼はどんなに手配書を回されても、頭目の顔さえ把握させる事のない盗賊だった。 その実態が300年前に滅んだ王家の生き残りで、現在の大商人ショルトーの真の姿だと知るものなど、皆無だろう。

砂漠の民が300年かけてイルザス、ムントに張った商業網だけでもすごいのに、ショルトーは他に姿のない影のような者たちを飼っている。 影の人数や規模はファンには分からないが、兄は彼らをジャッカルと呼んでいた。 ジャッカルは父と兄の手であり、耳でもある。彼らの情報によって紅の狼は動く。 そして傍目にはただの無法者集団に見える砂漠の民だが、その実は国土奪還という目標のために一つとなって動く、精鋭集団なのだった。 これだけの物が揃っていてなおも、父や兄には大きく動く気配がない。 兄はまず、フローフルを謀殺したムント国に復讐すると言っていたが、その後にはイルザス国も滅ぼすつもりなのだろう。 目標が決まっていて未だ動く気配がない理由、それは、足りないモノがあるからだそうだ。 正確な情報網と長い間の略奪で蓄えた潤沢な資金を以ってなお、足りないもの・・・・・・。 ──あとは、作戦を任せられる人材。最近の兄の口癖から、ファンはその事を知ったのであった。

「イリューシャ様、今日は砂船が発つ日ですよ。そろそろここでの暮らしも慣れたころでしょうし、一旦イルザスのアイリーン様の元へ行ってみてはいかがですか?」
ぼぅとしていたファンの髪を櫛で梳きながら、シェーラルールが声をかけた。 予言者イリューシャと呼ばれるようになったファンは、まだこの砂漠の地では一度たりともファンターリアと名乗った事はない。 あくまでも彼女はイリューシャなのである。 しかし、そう言う立場になりはしたが意外にファンは自由だった。どこかに行くのに誰の許可もいらないのである。 それだけこの場所が安全であり、まだ誰にも知られていないということなのだろう。
(予言者なんていうのだもの、窮屈に違いない)
そう覚悟していたファンにとってそれは嬉しい誤算だった。

「そうね。父さんも無事に母さんと再開したって聞いたけど、あれからまだ一度もあっちに顔を見せてないのよね」
ファンはシェーラルールにうなずき、旅の準備を始めた。



「それにしても本当によかったんですか? イルザスの末王子は。 イリューシャ様の力があれば、たとえ不利な戦況であっても勝てたかも知れないのに・・・・・・。 負けそう、なんですよねえ?」
1時間後、ファンとシェーラルールはイリューシャのために設えられた豪華な船室の中にいた。 砂船の船室には大きな窓があり、そこから遠くまで続く地平線を眺めていたファンに、シェーラルールは飲み物を用意しながら何気なく言った。
「彼には私は必要ないよ。それに、買い被りすぎ。私がいたって負けることに変わりはないもん」

イルザス王がディルにキサズ攻めを命じた事も、それがおそらく負ける戦だろうということもファンは兄からの情報で分かっていた。 だけど今回、ファンにはそれを助ける気はなかった。結果、戦局は劣勢。思った通りディルは敗走中だ。 おそらく彼女が彼に力を貸したとしても負けていただろう。 それに、ディル本人でさえも負ける事を分かっていて出兵しているのだから、それを覆すことなんてできないし、 また、ファンが助けようとしたとしてもおそらく、邪魔扱いしかされないであろう。
「でもまあ、大丈夫よ。少しだけ、細工をしてみたから」

「それならいいんですが・・・・・・イリューシャ様はあの王子の事が好きなんですよねえ?」
「ん? そうなの?」
彼女の言葉にファンは首をかしげた。 そういえば彼女もそうだが、兄も父もその点をどうも誤解しているのだとファンは思った。 ファンがディルを何度か助けたのは、彼から放たれるあの光が気になっただけで、別に彼の事が好きなわけではない。 それに、占いっていうのは好きな人の事は見えないと聞いた事がある。だから彼の未来を見る事ができた自分は彼を好きなわけではないのだろう。 まだ恋のなんたるかすら知らないファンはそう思っていた。

「それよりもシェーラ、あっちの方向3ケイムほど行ったところに商団がある。80人くらい。そのうち護衛は30人くらいかな?」
「えー。見えませんけど・・・・・・」
急に視界を遮るようにしてファンの頭の中に入ってきたイメージをシェーラルールに伝えると、彼女は窓から身を乗り出し遠くを見つめた。 しかし、見えるはずはない。これがファンの力なのだから。 この砂漠の地に来た最初の日、ファンはもっとと力を望んだ。 だからなのだろうか? 次の日、ファンは突然こうなってしまった。 たぶん空を飛ぶ鳥が、自分の見ている風景をいろいろと教えてくれているのだろう。 鳥が上空から見るのと似た視点を手にいれたファンは、この力をバードアイと呼んだ。

つい1時間ほど前、砂漠の隠れ家で鳩を撫でていたときも、ファンはこのバードアイを通してディルが劣勢であることを知ったのだ。 それより以前から、ディルがキサズに向けて兵を出すところ、第3王子と対戦し数で押し負けていたこと、 そして・・・・・・アレイサーがディルのいない隙にカントを奪還しようと動いていたことも全部見ていた。 だから、ディルの名を騙ってアレイサーにあんな指示を送る事ができたのだ。 結果、アレイサーがそれに従ってくれたか、それとも後ろに小さく書いたサインを見て動かなかったか。 それは彼の判断であるし、運でもある。 その結果が分かる前にこの砂船に乗ってしまったファンには、それはあずかり知らぬことであったが。

「私が視えるのはイリューシャだからだよ。シェーラは船長に伝えてきてくれない?」
ファンは薄く笑い声を立てると、シェーラルールに視線を戻した。 するとシェーラルールははっとしたように緊張した面持ちになり、小走りでファンのそばから離れた。 おそらく、あと何分もしないうちにファンが見つけた商団はこの砂漠から消えるだろう。 ファンに見つかってしまったばっかりに、この船の連中──紅の狼──に襲われるのだ。 シェーラルールがファンのそばに帰って来ると同時に、剣の交わる音と悲鳴が上がりだした。

イリューシャとなったファンはよくこうやって紅の狼にとって獲物になりそうな隊をみつけては、彼らに教えていた。 砂漠を横切るイルザスとムントの国の商団には何の恨みもないが、こうして彼らの荷を奪うことで砂漠の民は富みの一部を蓄えている。 そしてそれが後の軍資金となり、また、戦いに慣れることにも繋がる。 味方には強さと自信を与え、相手には得体の知れないものへの恐怖と敗北感を与える。 兄にはファンの好きにしていいと言われたが、兄も父も留守の間、砂漠の民に対してファンができる手伝いはこのくらいしかなかった。

「終わったようですね」
静かになった外の様子を伺っていたシェーラルールは部屋のドアを少し開けると辺りを確認した。
「そうみたいだね」
ファンはそう言うと、立ち上がり船室から出ていく。 そして捕らえられた商人たちをざっと見渡すと、その者たちにイリューシャの存在を見せつけるように彼らの正面に立った。
「イリューシャ様、これですべてのようです」
いかにも盗賊という風情の男が、ファンの前にやってくると両手を後ろ手に縛りあげた商人たちを指差した。 その虜囚の表情をファンは一人一人確認していく。
「この男、それにこの2人の女、それに──」
「あぶない!」
ファンが4人目の男を指差そうと近くに寄ったとき、突然その男がファンに向かって襲い掛かってきた。 それをタイミングを計っていたように飛び出したシェーラルールが、ぎりぎりで防いだ。 商人の中に紛れ込んでいた男はファンに指差された途端、どこかに隠し持っていた短剣を片手に飛び出してきたのだ。

「マドゥラス船長、もっとちゃんと確認していただかねば困ります。これで3度目ですよ」
「わりぃわりぃ。一応は見たんだが・・・・・・予言者様なら自分が襲われる前に気づくかとおもってよ」
ファンに襲い掛かった男を切り捨てると、マドゥラスに食ってかかったシェーラルールは、悪びれずニヤニヤと笑う彼をにらみつけた。 ──そう。同じように虜囚の顔を確認していくファンに、商人に紛れ込んだ男が襲い掛かってきたのはこれで3度目。 いずれもシェーラルールのおかげで未遂に終わったが、その全てがこのマドゥラス船長の時であった。


10/09/05


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