無限の太陽、永劫の月

   怠惰は罪?



うん、私も少しくらいは惰眠を貪ったりとか、昼真っからごろごろしてたりとか・・・・・・そういう生活にあこがれてた。
ここで私は何の義務も負わないから、もしかしたらあこがれの生活を送れるかもしれないって、少しは期待してたわ。
なのにどうして、朝っぱらからベッドの上に正座させられてお説教を受けているんでしょうか!
そして、このお姉さん誰?

「いつまで寝ているつもり? 人間風情がこんな部屋で・・・・・・何様のつもりですの?  魔力もほとんどないくせにヘル様にお世話になっているですって? どうやって取り入ったのかしら。 しかもなんでこんな扱いなの。まるで王女様気取りね。生意気ですわ。とっととここから出て行きなさい。 奴隷は奴隷らしく下働きでもしていればいいのよ」
「はぁ」
「い、いいこと? わたくしの前ではそんな気の抜けた返事、許されないと思いなさい。分かったらとっとと仕事をしなさい!」

魔界の首都ショラブルーニアの魔王城の近くにヘルの家、というか屋敷はあった。
どうやらヘルは魔王の腹心の部下とか、その辺りの地位にいる人物のようで魔界の身分制度の中では結構高い所にいるらしい。
魔界の身分制度はきわめて簡単で、力こそすべて。
魔界のトップはもちろん魔王。以下魔力の大きさで決まっているみたいで、常に人型でいられるほど魔力が高い者たちが貴族。
その下に人型に変身できても一部が獣のままの獣人、その下はいまいち見分けがつかないからよく分からないけれど、魔力の弱い人間はどうやら奴隷の扱いになるみたいなのよね。
だから目の前のお姉さんが怒っているのは、たぶん奴隷の身分だと思われる人間の私がこんな広い部屋の、しかも天蓋付きのベッドでいつまでも寝ているのが許せないらしい。
だけど、だけどね・・・・・・私が掃除をしても、いいのかなぁ? どうしてもやれって言うのならばやるけれど、ね。

「なにをぐずぐずとしているの? 早く着替えて窓の1つでも拭いたらどうなの!」
「はいぃ!」
とりあえず、このお姉さんが誰かっていうのはおいといて、私は窓の掃除をしないといけないみたいです。

窓の掃除は、一度もやったことないからちょっと興味があるわ。
くもったガラスが少し拭いただけでつるつるのぴかぴかになるのは気持ちいい。横で見ているぶんには。
でも実際にやって見ると、なかなかこれが難しい。
バケツの中にさっきまでいっぱい入っていたと思った水が、なぜだか次の瞬間には廊下を濡らしていたり、 拭こうと思って手を伸ばした途端、窓から外に投げ出されたり。
下働きがこんなに危険な仕事だったなんて。もしかしたら魔王に会ったり、厄介事に巻き込まれていたほうが、私には楽なのかもしれない。

「何をやっているのです?」
「窓拭きよ。おかえり、ヘル」
この屋敷の主であるヘルは、たまに仕事で魔王城に向かう。何をやっているのか知らないけれど、忙しいんじゃないかしら。
だって、昨日の朝出て行ったきりで、今まで帰って来れなかったみたいだから。
それにしてもホント、ガラスを壊さずに窓を拭くのって難しいわ。言ってるうちからほら、また一枚。

「・・・・・・」
ヘルの眉がぴくっと動いた。怒ってるのかしら? だけど、私は悪くないわよ・・・・・・たぶん。
それに、ガラスくらい修復の魔法をかければすぐに、ね?
「ヘル様! お久しぶりにございます。もう人間界には行かなくてもよろしいと聞きましたわ。これからはいつでもお会いできますのね」
壊れたガラスの破片が元の位置に収まった時、さっきのお姉さんが喜色満面の体で駆け寄った。
同じくらいの背の高さの美男美女が並ぶと、絵になるわね。もしかして、このお姉さんってヘルの恋人?
「チガイマス」

「えっ?」
ヘル、私の心を読んだ?
「いえ、さっきから声に出して言ってますよ。ついでに言うと、彼女は従姉妹のミストです」
「ふむ、声に出してたか。ごめんなさいね。ミストさん私はルネよ」
それにしても・・・・・・ここに来てから一週間。怠けようと思った途端に気が緩んでたみたいね。
普段なら絶対に心を声に出すなんて失態は犯さないはずなのに。少し気を引き締めないといけないわ。

「んまぁ、主に対してその物言いはなんですの? 敬語も使えぬとは、なんて物知らずな奴隷ですの。来なさい! わたくしが鍛えなおして差し上げますわ」
お姉さん、ミストは私の言い方が気に入らなかったみたいで、挨拶をした途端怒りだした。
すっかり私を人間の奴隷だと思い込んでいるようなんだけど・・・・・・この場合、どうしたらいいのかな?
いつもならここでブランシュが飛び出してきて丸く治めてくれるんだけど、今回はそうはいかない。
彼は今、アンダゴルのトリシャのところに行っているから。

普通の人間にとって、魔界のこの濃厚な空気はあまり居心地のいいものではないらしい。
ブランシュは一応、聖剣の力で魔界の空気の影響をある程度抑えられる。
けれど常にあの剣の封印を解いたままにしておくと、そこから少しずつ聖なる光が溢れる。
その光は魔界では異質で、返って悪目立ちしてしまう。
そんなわけでブランシュが個人的にも親しいトリシャのところに行くって言うから、魔界にいるのは私だけ。

それでもいつもならブランシュは理由を付けて私の近くにいようとしてくれるんだけど、今回はヘルがいるからね。
ヘルもブランシュと同じように私のことを守るって言ってくれた。そしてそれを信じているからブランシュは私をここに置いて行くことができた。
それにほら、ブランシュは私と10歳違うから29歳? だったかしら。そろそろ好きな人を作って結婚してもいい年だと思わない?
彼がトリシャに惹かれていることは分かっていたし、いい機会だから・・・・・・少しだけ彼に休暇をあげたのよ。私の休暇にあわせてね。
って言っても、恋とかよく分からない私が人のことに口を挟める立場じゃないんだけど。

「ミスト、まさかとは思いますが・・・・・・ルネ様に窓拭きを命じたのはあなたですか?」
「もちろんですわ。奴隷にはきっちりとした躾が必要ですもの」
ヘルの質問にミストは誇らしげに胸をそらしたけれど・・・・・・私は知らないよ。
いつもは穏やかな人物が怒ると、私だって土下座して何度もごめんなさいを連呼したくなるくらい怖いんだから。
ヘルのミストを見る目が一気に険しくなり、周りの温度が2・3度下がったような気がするけど・・・・・・。
「さて、私はじゃあ部屋に戻るね」

「お待ちなさい!」
そぉーっと後ずさりしつつヘルの前から逃げようとしていた私の腕を掴もうとミストが手を伸ばしてきた。
けど、ここで捕まったら私絶対に怖い目に合う!
だからミストには悪いけど・・・・・・空間転移で逃げた。ヘルからもらった私の部屋に。

──って、ここは私の部屋のはずなんだけど。
見覚えのある天蓋付きのベッドに、ふわふわリボンのかわいい小物たち。(ヘルの趣味)
それに、真っ白な家具と等身大の人形。
うん、私の部屋だ。
なんでここに帰ってきたのか、それはベッドで休むためよ。
さっきまで窓拭きをして少し疲れたし、それに私は今、休暇中なんだから!
それなのに、この少年は誰?

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10/07/12
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