無限の太陽、永劫の月

   裏切りは花の香りとともに



「ドロシー? ドロシー? 持ってきましたわよ」
ルネから髪飾りを奪ったネージュは翌日ドロシーの屋敷を訪ねた。
しかし、出てきたのは彼女のまるで予想だにしていなかった人物であった。

「よう、ネージュ」
「なんであなたがここに・・・・・・」
この男が自分を妻に望んでいることは知っていた。
そのために何度も父にその申し入れをし、断られているのをネージュは父に聞いていたから。
そして断られた男が、以前に劇場で自分を攫おうとしたことも調べがついていた。

ネージュは、まるで汚い物を見るような目で彼を見やった。
魔力の才はあるのに、粗野で短絡的な思考のため当主に使命される可能性の薄い男。
それが彼についてのネージュの父の意見だった。
「あなたもエトワールを狙ってここに来ましたの?」
それでもエトワールさえあれば魔王の推薦が得られるのだ。
目の前の男が自分と同じ目的でここにいるだろうと言う事はネージュにも容易に想像できた。

しかし、彼はそんな宝石などに何の興味もないかのように言い放った。
「エトワールか。そんなもの俺には必要ないな」
「では、フラスコ家の当主になる気はないとおっしゃるのね」
彼が諦めてくれれば、目をつけたリオが当主になるに違いない。
ネージュは嬉しそうに言ったが、次の瞬間それは男の馬鹿にするような笑いで打ち消された。
「ふん、競争する必要もないな。あいつはここで死ぬんだもんよ」
「な、どういうことですの? まさかヴィスヴィル、あなたが・・・・・・」
「おいおい、俺は手を出す気はないぜ。ただ・・・・・・」
ヴィスヴィルと呼ばれた男はそこまで言うと、意味深にニヤリと口角を押し上げた。

「ネージュ、お前が欲しいのはフラスコ家当主の妻って立場なんだろう?」
「その通りですわ。本当は王妃になってもよかったのですけど・・・・・・陛下はまだ誰も娶るおつもりはないようですし。
フラスコ家でも十分、贅沢はできますでしょ? でなければわたくしがあんな、魔力もない男なんか相手にするはずありませんわ」
「やっぱりな。だったら俺につけよ。あいつはここで・・・・・・俺に殺されるんだから」
「どういうことですの?」
勝ち誇ったようなヴィスヴィルの笑みに、ネージュは引き込まれた。

もし本当にこの男にリオを殺す事ができるなら、ヴィスヴィルについたほうが賢明であり、リオにつく意味はないからだ。
ネージュは素早く計算する。
リオ側の手勢は彼女を含めても4人で、そのうちの1人はネージュ自身があの世に送ってしまったのだから実質3人。いや、ネージュを抜かせば2人か。
その2人にしても、1人はルネの知り合いの人間であり、彼女が死んだ今となってはリオにつくかどうかも定かではない。
となると、残りはリオ本人しかいない。
比べてヴィスヴィルの方は彼の父親が用意した何人もの優秀な者を連れてきている。
それがないにしても、ヴィスヴィル自身の魔力は強大で、いくら白の魔剣士といわれたリオであっても太刀打ちできないはずだ。
しかも、今日のヴィスヴィルはいつもより魔力量が多いように思える。

「本当に、あなたが勝ちますのね?」
「当たり前だ」
──決まった。
ネージュはごくりと唾を飲み込んだ。

「話はついた?」
しばらくの間ひそひそと2人が小さな声で囁きあっていると、見知らぬ男がその場に突然現れた。
さきほどヴィスヴィルに説明された男だろうか?
ネージュは値踏みするように男の全身をゆっくりと見た。
男はその視線を嫌がる様子も見せずニタリと笑って言った。
「君も、ヴィスと同じくらい心地よい魔力を持っているんだね」

男はひと目見て上流階級と分かる服装で、左の目に黒の眼帯をしていた。
しかし、柔らかく笑っているにもかかわらず、ネージュは人間であるはずのその男から、背筋を凍らせるような禍々しい気配を感じた。
それに心地よい魔力だなんて、今まで一度もネージュはそのように賞されたことなどなかったため首を傾げた。
強い野心と欲望を感じる・・・・・・なんて言われたことならあるのだけれど。

「ねえ、その石はもう、いらないよね? 渡してくれるかな」
そう言われるまでネージュは手の中の物の存在を忘れていた。
エトワールを手に入れたほうをフラスコ家の次期当主にする。なんて言われて手に入れたものだけど、リオが死んでしまえばヴィスヴィルの勝ちだ。
そうすると確かにこれはもう不要だろう。
手を伸ばす男に、ネージュはなぜだが震えだす腕を必死にこらえながら持っていた髪飾りを渡した。
いらないからという理由よりも、そうしなければ自分など一瞬にして消されてしまうだろうという、そんな気がしたからだ。
相手はただの人間であるにもかかわらず、ネージュはなぜかこの時そう思った。

男はしばらく楽しそうな様子で髪飾りを眺めていたが、不意にそこからダイヤのみをむしり取った。
それからドロシーの名を呼んだ。
ドロシーはその蒼い髪を揺らしながら足早に部屋に入ってくると、さっきのヴィスヴィルと同じように男の前で臣下の態度を取った。
高位の魔族が、それも2人も男の前でおとなしく膝をつくのを見てネージュはいったい何の茶番が行われているのだろうと持った。
しかし次の瞬間、さっきヴィスヴィルに言われた言葉を思い出したため口を噤んだ。
もしそれが本当なら、自分たちだけでなく魔族で最強の魔王ですら目の前の男の相手にはならないのだから。


...to be continued.



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11/05/19
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